体の自由が奪われ、ココロの均衡が乱れてゆく。兄に携帯メールで惨
状を伝えた頃には、点滴は左腕にも刺さっていたし、これがまた激痛
だった。ドクターは「両手に24時間点滴をしてドレンをしてもらいます」
とおっしゃった。のっぴきならない状況に追い詰められ、社会と隔絶
されていくのを感じ、それにつれてどんどん現実感が失われていく。
ましてやドレン挿入(オチンチンに管を挿して24時間強制的に排尿さ
せることで、これが入っている間はズーッとオシッコ袋と一緒に暮らす
ことになる)は、ガキみたいなことを書くが、かなり屈辱的だった。
そして最もココロが千千に乱れたコトバがある。この一言で入院せざる
をえないのか、とあきらめもついたが、沸々と怒りが湧きあがったのも
事実だ。それがこれだ。
朝一番から並んで、散々待たされたのは仕方ないにしても、そのまま
入院して1ヶ月も家を空けろというのか。それを先に言え、というのだ。
せめて一日準備をさせろというのだ。オレは一人暮らしなのだ。家賃
や各種料金の支払い、着替えの準備、郵便物やメールの処理、ガス
水道の元栓など入院前にしなければならないことが山盛りなのだ。
事前にこうなることを知っていればチャンと受け止めただろう。それが
緊急とはいえ心の準備すらなく、オシッコ袋をぶら下げたままで1ヶ月
だと! そこでオレの頭は思考を停止した。ドレンに関して書けば、
措置を施してくれたのがまたスゴイ美人の女医さんだったことや、オレ
が思い出しただけでもチヂミアガルような激痛に耐える中、「あれ、
入れへん、あれ、あれ、エイ、クソッ」などとつぶやきながら何度も
やりなおしていただいたことなど、今なら鉄板ネタなのに、そのときは
茫然自失、ネタにする余裕はなかった。それは
のだ。インフォームドコンセントが、満足できる内容でなかったのだ。
ドクターの取った判断は正しくオレの感情は駄々をこねるバカ親父的
なものなのだろう。が、馬鹿なオレは「ハググググ」と半分は呪い、
半分は「夢なら醒めよ」という祈りのコトバをつぶやいていた。しかし、
というのが世間の常識である。兄が病室に来てくれたときには、
すっかり病人さん一丁あがり状態だった。しかも
「絶飲食・・・」
という情け容赦ないご沙汰。ここにいたってココロは大きな音をたてて
折れた。オレは朝から何も食っていないのだ。それまで食欲はなかっ
たものの、いざ食ってはいけないし水さえ飲んではいけない、といわ
れると、それって人間としてどーなの、と暴れたくもなってくる。膵臓を
休めるためには口から一切のものを摂取してはいけない、と教えられ
ても、そうカンタンに、了解しましたとはいえない。フツー体が弱ったと
きには、食えるものを食って体力の回復を図る、と教えられその教え
に従ってきたオレにとっては、根源的に馴染むものではないのだ。
ドクターは兄に「今からの容態を診て、悪ければICU(集中治療室)
です」などと、結構嬉々として病状の説明をしておられる。ワシは戦闘
意欲すら失せ(ここまで、ヤヤ頑張って逆らっていたのだ)、呆けたま
ま、オシッコを垂れ流している。やがて兄が帰り夜を迎えて他の患者
が食事をし看護師が職業的心配顔で「何か困ったことはないですか」
と次々に顔を出すようになった。さすがに「全部困ってます」などとは
言わなかったと思うが、ダダをこねていたのは容易に想像できる。
両手に点滴、チンチンにドレンの管、では寝返りすら打てないのだ。
また持続点滴は、バッテリー式のポンプで液を強制滴下させるように
なっており、管に水泡が出たり閉塞したりして滴下が止まったときは、
「ピーピー!」とやかましい電子音でお知らせしてくれるようになって
いる。腕を曲げると閉塞することがあるので、鼻クソもほじれない。
グッタリ疲れたオレは、コンタクトレンズをはめたまま目を閉じた。
この状態で1ヶ月だと。早くて2週間だと。グッスリ眠れるわけなどなく
悶々と過ごす夜が始まった。長い1日はようやく終わろうとしていた。
すべての祈りはどこにも通じず、呪いは常に倍返し
今朝は自分の足でここまで歩いてきたのに、わずかその数時
間後に、なぜ、1ヶ月間も危篤患者のような状態で過ごさねば
ならなくなるのか、が理解できず憤っていた
入院期間は普通1ヶ月くらいです。早くて2週間かな。