石田波郷 (いしだ はきょう)
大正2年(1913)~昭和44年(1969)56歳。 愛媛県生れ。東京都在住。 「鶴」主宰 水原秋桜子に師事。昭和8年「馬酔木」の最年少同人となり、又編集長を務めた。昭和12年「鶴」創刊。人間探求派の一人。馬酔木賞・第6回読売文学賞・第19回芸術選奨文部大臣賞受賞。※旧制松山中学(現県立松山東高校)出身 明治大学文藝科に学ぶ
句集:『鶴の眼』『風切』『病鴈』『雨覆』『惜命』『春嵐』『酒中花』『酒中花以後』『石田波郷全集全10巻別1巻』ほか
バスを待ち大路の春をうたがはず
初蝶やわが三十の袖袂
女来と帯纏き出づる百日紅
はこべらや焦土のいろの雀ども
西日中電車のどこか掴みて居り
霜柱俳句は切字響きけり
たばしるや鵙叫喚す胸形変(きょうぎょうへん
綿虫やそこは屍(かばね)の出でゆく門
雪はしづかにゆたかにはやし屍室
七夕竹惜命の文字隠れなし
雪降れり時間の束の降るごとく
今生は病む生なりき鳥頭
石塚友二 (いしづか ともじ)
明治39年(1906)~昭和61年(1986)79歳没。 新潟県生れ。神奈川県在住。
横光利一に小説を学ぶ。俳句は零余子の「枯野」に投句。のち「馬酔木」に学び、石田波郷の「鶴」創刊に参加。以後波郷と行動を共にする。波郷没後「鶴」主宰を継承。池谷信三郎賞・第29回神奈川文化賞受賞。
句集:『方寸虚実』『磯風』『光塵』『曠日』『磊 集』『玉縄抄』ほか
今生の今日の花とぞ仰ぐなり
百方に借りあるごとし秋の暮
盆唄や今生も一ト踊りにて
らあめんのひらひら肉の冬しんしん
原爆も種無し葡萄も人の智慧
石橋辰之助(いしばし たつのすけ) *旧俳号 :竹桜子
明治42年(1909)~昭和23年(1948)39歳。 東京生。
馬酔木」の三石といわれ山岳俳句に独自の境地を拓いた。のち「馬酔木」を去り新興俳句運動に参加。「京大俳句」を経て、三鬼らと「天香」創刊。不当な俳句弾圧事件に連座した。戦後、新俳句人連盟委員長。
句集:『山行』『山岳画』『家』『山暦』『妻子』『定本石橋辰之助句集』
朝焼の雲海尾根を溢れ落つ
霧ふかき積石(ケルン)に触る丶さびしさよ
樹氷林むらさき湧きて日蘭けたり
白日の夏炉が天にちかく焚く
みんな駄目寝ても妻子がかぶさり
石橋秀野 (いしばし ひでの)
明治42年(1909)~昭和22年(1948)38歳。奈良県生れ。 「鶴」同人
夫は評論家の山本健吉。短歌を与謝野晶子に俳句を虚子に学ぶ.「鶴」に入会,句作に励んだが,戦時の窮乏生活が因で胸を患い早逝した。没後、第1回茅舎賞(現代俳句協会)受賞。※文化学院出身
句集:遺句文集『桜濃く』
更衣鼻たれ餓鬼のよく育つ
短夜の看とり給ふも縁かな
裸子をひとり得しのみ礼拝す
西日照りいのち無惨にありにけり
蝉時雨子は担送車に追ひつけず
石原舟月(いしはら しゅうげつ)
明治25年(1892)~昭和59年(1984)92歳。山梨県生れ。 東京都在住。「雲母」
石原八束の父。飯田蛇笏に師事。大正10年「雲母」に入会。のち同人。戦後「雲母」の復刊、継続に多大な貢献をした。雲母賞・山蘆賞・第15回蛇笏賞受賞。※慶應義塾大學理財科出身
句集:『山鵲』『仮泊』『原生花園』『白夜』『奔流』『雨情』
手を触れて墓にしたしむ花曇
ゆく春の大瀬に迫る月の山
春惜しみつつ風交のしづかにも
仰ぎ見て旱天すがるなにもなし
風花のかかりてあおき目刺買ふ
石原八束 (いしはら やつか)
大正八年(1919)~平成10年(1998)78歳。山梨県生れ。東京都在住。 「秋」創刊主宰。
父は俳人(第15回蛇笏賞受賞作家)の石原舟月。飯田蛇笏に師事。昭和12年「雲母」に投句を始める。同21年飯田龍太と編集に携わる・同人.昭和36年「秋」創刊主宰。現代俳句協会幹事長,副会長・俳人協会顧問歴任。第9回現代俳句協会大賞・俳人協会評論賞・第26回芸術選奨文部大臣賞受賞。※中央大法学部出身。・同大学院に学ぶ
句集:『秋風琴』『雪稜線』『空の渚』『操守』『高野谿』『黒凍みの道』『断腸花』『薔薇塵』『風信帖』『風霜記』『白夜の旅人』『人とその影』『雁の目隠』『石原八束全句集』『春風琴』 ほか 著作:『飯田蛇笏』『駱駝の瘤にまたがってー三好達治伝』ほか
流人墓地寒潮の日のたかかりき
原爆地子がかげろふに消えゆけり
血を喀いて眼玉のかわく油照り
荒海や雪囲(しよがき)のかげのかごめ歌
くらがりに歳月を負ふ冬帽子
死は春の空の渚に遊ぶべし
秋風や無禄蓬髪大頭
悪玉が笑へり赫き盆の月
石牟礼道子(いしむれ みちこ)
昭和2年(1927)~平成30年(2018)90歳。 熊本県生れ。詩人・作家。
昭和33年詩人、谷川雁主宰の「サークル村」に参加し本格的な文学活動を開始する。俳句は穴井太「天籟通信」に関わったのがきっかけで始めた。マグサイサイ賞・紫式部文学賞・朝日賞・芸術選奨文部科学大臣賞・エイボン女性大賞・第32回現代詩花椿賞・第15回俳句四季大賞・第14回鬣TATEGAMI俳句賞受賞。
句集:『天』『石牟礼道子全句集―泣きなが原』 著作:『苦海浄土』『石牟礼道子全集 不知火』全17巻別巻1 『魂の秘境から』ほか多数。
祈るべき天とおもえど天の病む
さくらさくらわが不知火はひかり凪
花ふぶき生死のはては知らざりき
おもかげや泣きなが原の夕茜
毒死列島身悶えしつつ野辺の花
磯貝碧蹄館 (いそがい へきていかん)
大正13年(1924)~平成25年(2013)89歳。 東京生れ。埼玉県在住。
戦前「海流」「感動律」などの同人を経て昭和29年「萬緑」入会。中村草田男に師事。昭和49年「握手」創刊主宰。平成24年終刊。現代俳句協会会員。第6回角川俳句賞・第6回俳人協会賞・第15回萬緑賞・第5回雪梁舎俳句大賞特別賞受賞。
句集:『握手』『神のくるぶし』『生還』『花粉童子』『猫神』『道化』『絶海』『眼奥』『馬頭琴』『未哭微笑』 著作:『俳句の基礎知識ー技法と鑑賞』『秀句誕生の鍵』その他
南瓜煮てやろ泣く子へ父の拳やろ
喜雨の尖端肺ごと走る郵便夫
髭のルーラン雪の空ゆく吾は地をゆく
戦争の中で消えざる臼と杵
船虫のどれが父と子母と子ぞ
死者へ炊く飯は雪より白く炊く
ロボットの腋より火花野分立つ
伊丹公子 ( いたみ きみこ。
大正14年(1925)~平成26年(2014)89歳。 高知県生れ・兵庫県在住。 「青群」
草城、三樹彦に師事。「青玄」編集長を務めた。夫は伊丹三樹彦氏。 第19回現代俳句協会賞受賞。※旧制県立伊丹高女出身。
句集:『メキシコ貝』『陶器天使』『ドリアンの棘』『バースの秋』『機内楽』…『イコン絵師』『私の手紙』『伊丹公子全句集』ほか
陶器の天使が売れた 木枯骨董店
軍港の黄昏 水仙と鉄匂う
メキシコ貝もらう 海賊の眼の少年から
伊丹三樹彦 (いたみみ きひこ) *別号:写俳亭
大正9年(1920)~令和元年(2019)99歳。 兵庫県生れ。 「青群」顧問
日野草城に師事。15歳で本気に作句をはじめる。「水明」を経て「旗艦」同人。戦後「まるめろ」「太陽系」を経て草城の「青玄」創刊に参加。のち推されて主宰。文体革命,表記革命を提唱,毀誉褒貶のなかひたすら実作に専念した。健康上の理由で平成18年1月号をもって「青玄」を終刊。第3回現代俳句大賞受賞。現代俳句協会顧問。
句集:『仏恋』『人中』『神戸・長崎・欧羅巴』『島 派』『夢見沙羅』『磁針彷徨』『隣人ASIAN』『樹冠』『隣人有彩』『隣人洋島』『巴里パリ』『天竺五大』『ナマステ・ネパーリ』『花仙人』『夢見沙羅』『一存在』『身体髪膚』『伊丹三樹彦全句集』『知見』『当為』『存命』ほか
誰がわざや天衣あかるむ花菜など
長き夜の楽器かたまりゐて鳴らず
大阪やラムネ立ち飲む橋の上
古仏より噴き出す千手 遠くでテロ
一の夢 二の夢 三の夢にも 沙羅
正視され しかも赤シャツで老いてやる
一喝は鴉声 わが影 振り返る
伊藤伊那男(いとう いなお)
昭和24年(1949)〜令和7年(2025)76歳。長野県生れ。東京都在住。 「銀漢」主宰・「春耕」
皆川盤水に師事。昭和57年「春耕」入会。のち編集長を務める。平成23年「銀漢」創刊、主宰。第22回俳人協会新人賞・第58回俳人協会賞受賞。※慶應義塾大学法学部政治学科出身。
句集:『銀漢』『知命なほ』『然々(しかじか)と』『狐福』
まだ逃げるつもりの土用鰻かな
粗組みのあとこまごまと鴉の巣
足早な竜馬の国の夕立かな
妻と会ふためのまなぶた日向ぼこ
退院の一歩はこべら踏みにけり
伊藤敬子 (いとう けいこ)
昭和10年(1935)~令和2年(2020)85歳。 愛知県生れ。 「笹」主宰
加藤かけい・山口誓子に師事。昭和26年高校時代より作句。注目されていた。昭和30年「環礁」同人。昭和55年「笹」創刊主宰。昭和41年環礁賞・昭和54年新美南吉文学賞・平成12年愛知県芸術文化選奨・第1回山本健吉文学賞受賞。鈴木花蓑研究により文学博士。※愛知県立旭丘高・金城学院短大・愛知淑徳大学文学部国文学科・同大学院修士・博士課程出身。
句集:『光の束』『螺鈿の道』『尾州』『四間道』『蓬左』『鳴海しぼり』『日付変更線』『存問』『百景』『白泥』『白根葵』『象牙の花』『星座多彩』『淼茫』『山盧風韻』『初富士』『年魚市場』『千艸』 著作:『写生の鬼ー俳人鈴木花蓑』『高悟の俳人ー蛇笏俳句の精神性』『杉田久女の百句』『鈴木花蓑の百句』ほか
星座多彩わが十代の果てんとす
くちなしの強烈にして語尾を噛む
秋天に雲母ひろがるダビデの詩
遠野火は天平のいろ白毫寺
徒歩ゆくや花野の絵巻巻くごとし
伊藤白潮 (いとう はくちょう)
大正15年(1926)~平成20年(2008)81歳。 千葉県生れ。 「鴫」主宰
田中午次郎に師事。昭和23年「鴫」入会、25年同人。永く休刊していた「鴫」を午次郎没後3周忌を機に有志と昭和50年復刊、主宰となる。。第1回鴫賞受賞。※旧制千葉青年師範学校(のちの千葉大教育学部)出身
句集:『在家』『夢幻能』『游』『生きめやも』『ちろりに過ぐる』『卍』
駅伝の次の走者は野火の先
海鞘食べて縄文貌をとり戻す
ぜんぜん面白くない焚火を去る
この国のかたちに曲がる唐辛子
吹雪かれに行く顔振れの決まりけり
伊藤通明 (いとう みちあき)
昭和10年(1935)~平成27年(2015)79歳。 福岡県生れ。 「白桃」主宰
安住敦に師事。大学時代から俳句を始める。当時は新興俳句系の作家に傾倒。「春燈」同人。昭和37年同人誌「裸足」創刊編集。のち「白桃」と改め主宰。第22回角川俳句賞・第4回俳人協会新人賞・第8回福岡市文学賞・第48回俳人協会賞・第9回山本健吉文学賞・第38回福岡市文化賞受賞。※西南学院大学文学部英文学科出身。
句集:『白桃』『西国』『蓬莱』『荒神』
桃食べて口のまはりをさびしめり
うつむける祭の馬を見たるのみ
どくだみの辺りの暗さいつも同じ
とりかぶと夜伽の紐の前結び
大夕立この世をかくしてしまひけり
糸 大八 (いと だいはち)
昭和12年(1937)~平成24年(2012)74歳。 北海道生れ。東京都在住。*画家 「握手」「円錐」
磯貝碧啼館に師事。昭和49年「握手」創刊同人、同人会長。平成5年「円錐」に参加。第11回「俳句研究」50句競作入選(1位)。
句集:『青鱗集』『蛮朱』『白桃』
ゆつくりと羽毛おちくる昼の火事
永き日の睡魔にまさる朋ありや
蓮根を掘りたる他はみなまぼろし
水仙の風で航海してをりぬ
絵蝋燭点してゐたる鯨かな
泉田秋硯 (いずた しゅうけん。
大正13年(1926)~平成26年(2014)88歳。 島根県生れ。兵庫県在住。 「苑」主宰
桂樟蹊子に師事。「学苑」を経て「霜林」同人。平成6年「苑」創刊。※京都大学工学部出身。
句集:『春の輪舞』『苑』『薔薇の緊張』『 』『宝塚より』『月に逢ふ』『鳥への進化』『黄色い風』『ニ重唱』『サハラの星座』ほか。
百年のグリコ快走さくら咲く
障子貼つて中仙道と紙一重
田を植ゑて生れし一句を水に書く
手拭の端を噛みたる鰍かな
稲垣きくの (いながき きくの)
明治39年(1906)~昭和62年(1987)81歳。 神奈川県生れ。
大場白水郎の「春蘭」を経て「春燈」に参加。久保田万太郎、安住敦に師事。鈴木真砂女とともに「春燈」の代表的女流。第6回俳人協会賞受賞。
句集:『榧の実』『冬涛』『冬涛以後』『花野』 著作:『古日傘』
古日傘われからひとを捨てしかな
冬濤に思ひやまざる恋といふか
この枯れに胸の火放ちなば燃えむ
耳掻をつかふ恍惚猫やなぎ
花野の日負ふさみしさは口にせず
露の身の恋の文束焼くとき来
たのしかりけり母在りし世の宵の雛
稲畑廣太郎 (いなはた こうたろう)
昭和32年(1957) 兵庫県生れ。東京在住。 「ホトトギス」主宰
母は稲畑汀子。「ホトトギス」編集長。平成25年主宰を継承する。
句集:『廣太郎句集』『半分』『八分の六』『玉箒』
柏餅ほんまに一年生かいな
おいでやす大根がよう煮えとりま
Aランチアイスコーヒー付けますか
稲畑汀子 (いなはた ていこ)
昭和6年(1931)~令和4年(2022)91歳。 神奈川県生れ。兵庫県在住。 「ホトトギス」名誉主宰
祖父虚子、父年尾に俳句を学ぶ.「ホトトギス」を継承主宰。平成25年10月主宰を長男に譲る。昭和62年日本伝統俳句協会を設立し会長に就任。平成7年兵庫県文化賞・第17回山本健吉賞・NHK放送文化賞受賞。※小林聖心女子学院高出身。
句集:『汀子句集』『汀子第二句集』『汀子第三句集』『障子明り』『さゆらぎ』『花』『月』『稲畑汀子俳句集成』(未刊句集『風の庭』も収録。 著作:『俳句入門・初級から中級へ』『定本 虚子百句』『俳句を愛するならば』ほか多数。
今日何も彼もなにもかも春らしく
落椿とはとつぜんに華やげる
空といふ自由鶴舞ひやまざるは
一枚の障子明かりに伎芸天
さゆらぎは開く力よ月見草
一片の誘ふ落花に山動く
生きてゐることが感謝の雪の朝
稲葉 直 (いなば ちょく)
明治45年(1912)~平成11年(1999)86歳。 奈良県生れ。
西村白雲郷に師事。「未完」編集長を経て、「未完現実」代表。「海程」同人
句集:『寒雀』『裸天の彷徨』『喪章』『嘴』『稲葉直全句集』ほか
不揃ひの箸の朝飯死者を置き
エスカレーターの向き同じ顔俺も死ぬ
潮ごうごう松がごうごう睾丸二つ
大根おろしの水気たよりにここまで老い
人日の日もて終りし昭和かな
井上弘美 (いのうえ ひろみ)
昭和28年(1953)京都生れ。東京都在住。 「汀」主宰・「泉」
関戸靖子、綾部仁喜に師事。昭和59年関戸靖子に師事。昭和63年「泉」入会、同人。「聲」会員代表。平成24年「汀」創刊。泉新人賞・泉賞・第26回俳人協会新人賞・第35回俳人協会評論賞・第10回星野立子賞受賞。
句集:『風の事典』『あをぞら』『汀』『夜須礼』 著作:『季語になった京都千年の歳事』『読む力』
屍の体位となりし霜のヨガ
夏料理ましろき紙のかぶせある
霜の夜の起して結ぶ死者の帯び
母の死のととのつてゆく夜の雪
鉾立ちて余りし縄の匂ひけり
井上康明(いのうえ やすあき)
昭和27年(1952)山梨県生れ。 「郭公」主宰
飯田龍太、広瀬直人に師事。昭和57年「雲母」入会。平成5年「白露」創刊同人。平成25年「郭公」創刊主宰。
句集:『四方』『峡谷』
雪降つてをり寒鯉の眼に力
人とある大黒柱冷やかに
井上 雪 (いのうえ ゆき)
昭和6年(1931)~平成11年(1999)68歳。 石川県生れ。「雪垣」
中西舗土に師事。昭和23年「風」入会。同43年中西舗土の「雪解」創刊に参加、編集を担当。のち会長。第12回大宅壮一賞佳作・第19回泉鏡花金沢市民文学賞・北国文化賞受賞。*金沢女子専門学園(のち金沢女子短大)出身。
句集:『素顔』『白絣』『和光』 著作:『廓のおんな』『人生道半ば』『紙の真鯉』『白き道あり』ほか多数。
寒鮒の盥に強きひとつ星
雪椿ほむらの如き夜明けかな
笹百合や嫁といふ名を失ひし>
立ち上がる人に影ある晩夏かな
降りてくるときやはらかき凧の脚
猪俣千代子(いのまた ちよこ)
大正11年(1992)~平成26年(20Ⅰ4)92歳。 埼玉県生れ。 「寒雷」「杉」
加藤楸邨に師事。昭和27年「楪」入会。昭和33年「寒雷」入会。同人。昭和45年森澄雄の「杉」入会。同人。埼玉文芸賞・埼玉文化賞・寒雷清山賞受賞。
句集:『堆朱』『秘色』『螺鈿』『幡羅』『大我井』『八十八夜』
野馬追の公達にして緋の母衣を
風の盆胡弓は闇にまさびしき
武蔵野に明日は初日となる夕日
冬の旅楸邨門下よく笑ふ
婚の荷をひろげるやうに雛飾る
茨木和生 (いばらぎ かずお
昭和14年(1939)〜令和七年(2025)86歳。 奈良県生。 「運河」名誉主宰・「紫薇」「晨」
右城暮石に師事。昭和31年「運河」入会。編集長を努め、のち平成3年主宰を継承。令和4年主宰を辞し名誉主宰に。俳人協会顧問。「天狼」にも投句、誓子に学ぶ。第41回俳人協会賞・第13回俳句四季大賞・第11回俳人協会評論賞・第31回詩歌文学館賞・第9回小野市詩歌文学賞受賞.※大阪市立大学文学部出身。
句集:『木の国』『遠つ川』『野迫川』『丹生』『三輪崎』『倭』『往馬』『畳薦』『淀』『椣原』『山椒魚』『薬喰』『熊樫』『真鳥』『潤』『恵』
『みなみ』『わかな』『さやか』 著作:『季語を生きる』『西の季語物語』『季語の現場』ほか
傷舐めて母は全能桃の花
水替の鯉を盥に山櫻
のめといふ魚のぬめりも春めける
正月の地べたを使ふ遊びかな
畳薦平群の若菜摘みにけり
年の暮採餌に真鳥飛び来たり
ひかり降るごとく雨来て山桜
野に遊ばむ命生き切りたる妻と
伊吹夏生 (いぶき かせい)
昭和10年(1935)~平成22年(2010)75才。 岐阜県生れ。 「翼座」代表
小川双々子に師事。中学時代から作句。昭和31年「麦」入会。昭和42年「海程」入会。昭和52年「地表」入会。同人。編集長を務めた。平成20年「翼座」創刊代表。昭和50年中部日本俳句作家会賞・第8回地表賞受賞。
烈といへるひと刈田よりとほき人
夭折のたれかふきのたう見えて
平野びと苗代に来て礼をなす
魂に触れむとかきつばたに入りぬ
不意に翔つ<時>の揚羽と思ひけり
今井杏太郎 (いまい きょうたろう)
昭和3年(1928)~平成24年(2012)84歳。 千葉県生れ。
石塚友二に師事。昭和44年「鶴」入会。同人。平成9年「魚座」創刊主宰。平成18年12月「魚座」終刊。昭和57年鶴賞・第40回俳人協会賞受賞。※旧制千葉医科大学(現・千葉大学医学部) )出身。
句集:『麥稈帽子』『通草葛』『海鳴り星』『海の岬』『風の吹くころ』『今井杏太郎全句集』
馬の仔の風に揺れたりしてをりぬ
外を見て障子を閉めてをはるなり
寒ければ微笑んでうゐる仏たち
雪の夜の隣にふつとよそのひと
眠らうよ伊那の海月を抱きながら
枇杷咲いて鯨屋といふ海の宿
老人は桜の山へ行つたきり
今井肖子 (いまい しょうこ)
昭和29年(1954) 神奈川県生れ。 「ホトトギス」
稲畑汀子に師事。平成12年より作句。「ホトトギス」入会。同人。16年日本伝統俳句協会賞受賞。
句集:『花もまた』
花も亦月を照らしてをりにけり
次々と今を消えゆく花火かな
今井 聖 (いまい せい)
昭和25年(1950) 新潟県生れ。神奈川県在住。「街」主宰
加藤楸邨に師事。昭和46年「寒雷」入会、編集同人を経て平成8年「街」創刊主宰.第32回俳人協会評論賞受賞。
句集:『北限』『谷間の家具』『バーベルに月乗せて』『九月の明るい坂』
夕焼けのホースたどれば必ず父
やはらかき母にぶつかる蚊帳の中
魚篭(びく)の中しづかになりぬ月見草
鳥帰るいづこの窓も真顔見え
向日葵の蕊焼かれたる地図のごと
今井千鶴子(いまい ちずこ)
昭和3年(1928)〜令和7年(2 0 2 5)97歳 東京都生れ。 「ホトトギス」「玉藻」「珊」
虚子,立子に師事。母は俳人の今井つる女(虚子の姪)。「玉藻」「ホトトギス」同人。虚子伝承派の中心俳人として簡明直截な俳句で連衆のお手本となっているか。第8回俳句四季俳句大賞受賞。
※東京女子大国語科出身
句集:『帰京』『吾子』『梅丘』『花の日々』
この暑いのになぜ道を掘り返す
手袋の守衛たいくつ体操す
今日のこと今日のハンカチ洗ひつつ
色鳥や小学生は学校へ