俺達の後ろに付いた白バイには子安辺りからずっと気が付いていた。哲と俺は馬鹿みたいに免許試験場みたいな走りをした。時々白バイは諦めたかのように死角に入って姿を眩ました。これが奴等の“木の葉隠れ”か。眼鏡橋をくぐって鶴見川の手前の信号で俺達に並ぶと、若い白バイ隊員は話しかけてきた。

「CLいい音させてるねえ、本官も若い頃、これに乗ってたんだ。」

途端に嬉しくなって、「ねえ、俺達の間ではホンダのK0とマッハとどっちが本当に速いかって話題なんだけどさ?」そう聞いた。

「そうだなあ、ライダーにもよるけど、腕のあるライダーなら多分カワサキが勝つだろうな。」

ある意味での憧れのプロライダーと話ができて俺は結構嬉しかった。信号が青に変わり、次の信号まで併走した。突然、奴が笑いながら、

「やっぱりちょっと変だなあ。悪いけどさあ、ちょっとマフラー見せてよ。」

哲のCL72のアップマフラーは、もちろんデュアルフェザーパイプを抜いて直管にしてあった。パン、パン、パーンとCL本来のいい音だ。万事休す。もちろん哲は初切符を切られた。

「マッポはどこまでいっても所詮マッポだ!」

これが暫くの間、俺達の合言葉になった。2国にはいろんなポリスがいた。

150kgを超える車重、名車CB72ベースの空冷4スト2気筒エンジン。2本左出しのアップマフラー。HONDAの本格的なオフローダーは1978年のXL250S“23インチのワークブーツ”を待つまで長い年月がかかった。