こんにちは。

今日の東京は、風がないせいか、とても蒸し暑いです。。


前回は渋沢栄一、前々回は五木寛之の本をご紹介しました。


五木寛之は、「人間の運命」の中で、

「人には運命という自分ではどうしようもないものがある。

けれど、今日の運命をどう受け取るかで、明日の運命が変わっていく。」

と述べていました。


偶然にも、渋沢栄一の「人生百訓」(厳密には、同氏の「青淵百話」を渡部昇一が編集したもの)で、

微妙に考え方が違うものの、同じテーマについて書いてありました。


「順境も逆境も、その大半は人間が自分でつくり出すものである。」

「知能に加えて勉強を惜しまなければ、逆境など決してこない。自分はそう信じている。」


「真の逆境は受け入れてあきらめるのが最善の策である。」

「本人に何も欠点がなくとも社会の風潮や周囲の境遇によって自然と逆境に立たされる場合がある。

その時は、これは天命であるから仕方ないとあきらめる。」

「このような自然的な逆境にあたっては、まず天命に安んじ、来るべき運命を待って、

たゆまず屈せず勉強するのがいい。」



二人に共通しているのは、運命や自然的な逆境という自分ではどうしようもない力を認めている。


二人の考え方が異なるのは、

五木寛之は、まずはじめに自分ではどうしようもない運命というものがあると言っている

渋沢栄一は、基本的に起きたことは自分の責任であり、しかしそうでない状況もあると言っている

順番がちょっと違う。五木寛之の方が受身的で、伝統的な日本人らしさを感じます。


みなさんの考えは、どちらに近いですか?


僕は、まず自分ではどうしようもないことが在ると認め、

うまくいかない時、自分でつくりだした逆境なのか、自然の逆境なのか見極めできるように

するところからスタートしなきゃいけない。(笑)