昔は「コンセプチュアルスキル」は最重要だった?
昔、プロジェクトマネジメントの研修で、
求められる最上位スキルは
コンセプチュアルスキルと学びました。
名前から連想するとおり、
「細かなところに拘らず概念やイメージで捉える」
といった感じのスキルです。
ネットで検索すると、
「あらゆる事象の本質を理解し判断するための能力」とか、
「多くの知識や情報を整理分析し、
複雑な事象を概念化する能力」と説明されています。
「概念化能力」と訳されます。
米ハーバード大学教授ロバート・カッツ氏に
よって提唱されました。
幅広いマネジメント層で役立つ能力ですが、
特に経営者層などより高い職位で活躍する人材に
特に求められるものとされています。
後にオーストリアの経済学者ピーター・ドラッカー氏は、
コンセプチュアルスキルは、すべての役職・一般社員にも
同じ割合で必要であると言われ、
トップマネジメント層にいくにつれて
必要とされるカッツモデルとは異なります。
さすが天下のドラッカー氏です。
先進的です。
コンセプチュアルスキルに必要とされる基礎的スキル
ビジネス上でも同様に最上位と言われる、
コンセプチュアルスキルを習得する上で、
必要とされる基礎的スキルは下記のとおりです。
・ロジカルシンキング
・クリティカルシンキング
・ラテラルシンキング
・多面的視野
・知的好奇心
・探究心
・受容性
・柔軟性
・先見性
これらの基礎スキルを使い、
「たくさんの知識や情報を整理分析する」
ことに重点が置かれたスキルと想像します。
たくさんの情報を、
論理的に分かり易く整理し直すことで、
複雑な事象をイメージで捉えることができるので、
本質を理解し判断するための助けとなります。
個人の高度な情報処理と分析スキルを前提に
構築される能力です。
前提となる情報処理能力のウェイトが重いので、
時代の変化が早くなり、
情報の増加と多様化が進んだ現代では、
対応しきれないように感じます。
しっかり分析し方向性を定めて進む、
その発想自体が時代遅れ、と感じます。
コンセプチュアルスキルに欠けているのは「統合力」!
現代の複雑な社会や環境において、
求められるようになるのは、
隙間を「勘」で埋めて「とりあえず」、
前に進める力が重要です。
この能力を何というのか?
一番近いのは「統合力」です。
統合力とは、
異なる情報や視点を繋ぎ合わせ、
包括的な理解や解決策を生み出す能力のことです。
時代の変化が早くなり、
情報の増加と多様化が進んだ結果、
単にコンセプチュアルスキルだけでは
不十分になってきました。
統合力は、
個々の概念やアイデアを超えて、
相互関係や相互作用を理解し、
総合的な「見通し」を持つことです。
この「見通し」(=視点、
パースペクティブ、perspective)は、
いわば4次元的にバラバラのまま、
全体像を掴むことを意味します。
また、論理性で相手を説き伏せる必要はありません。
というより説明しにくいのです。
ですから、細かな説明責任が必要な
ピラミッド(階層型)組織には
馴染みにくいのが欠点です。
相手の論理と統合させたり、
多数決で勝ち負けを決める必要もない。
正しい答えを探す必要もない。
(誰が正しいと判断できる?)
バラバラの情報から
自分の考えをまとめる能力。
個々の考え、情報を共存させたまま
細かな軌道修正を前提に、
進む方向を決めること、
そのような近未来の組織環境に
適した能力になります。
パースペクティブ(統合力、見通し)は未来の能力
この統合力は今後非常に重要な能力になり、
複雑な社会や環境において、
AIとの共存においても、
今後ますます求められるようになっていきます。
統合力は、
複雑な問題解決や創造的なアイデアの発想、
リーダーシップやコラボレーションなど、
多くの領域で重要です。
統合力を持つ人は、
分散した情報や意見を取捨選択し、
結びつけて新たな洞察を導き出す能力を持っています。
ですから、コンセプチュアルスキルだけでなく、
統合力も備えた能力が重要であり、
時代の変化や複雑性に対応するためには、
統合力の開発も重要です。
統合力は、
異なるスキルや知識領域を繋ぎ合わせ、
総合的な理解と洞察を生み出すことができるため、
より高度な課題に取り組む上で不可欠です。
統合力の育成方法
暗記は全く関係ありません。
分析能力もそれほど必要ありません。
コンサルティング会社に勤めている
サラリーマンコンサルなど、
悪い癖が付いているので逆に使い物になりません。
(仏法の、声聞や縁覚、的です)
統合力を伸ばす方法は、
U理論にヒントがあります。
答えは「物語ること」です。
他人の物語を傾聴し、
共感し、自分をさらけ出すこと。
先入観を捨て、
他人の話から想像力を広げ、
自分の思考のプラネタリウムに
気づきをちりばめます。
整理、分析をせずに、
わざと視界の端を使って眺めます。
そこで起きる微小なヒラメキの光を逃さず、
「信じて」どんどん拡大していくのです。