帰れない二人/井上陽水
十九か二十歳の頃、家族と離れてアパートに
住んでいた。大学は通って一年もしないうち
に休みがちにになった。
当時マミちゃんという名前の女子高生と付き
合っていて日曜日の朝になるとワタシの下宿
を訪ねて来た。マミちゃんは深沢のいいとこ
のお嬢様ですれっからしでは無かった。
ただ週末のマミちゃんはどう見ても朝帰りの
様相で新宿のディスコでオールして、始発の
西武新宿線でワタシの部屋に辿り着いたのだ
と思われる。
彼女が訪ねて来た途端に部屋の中にシンナー
臭が漂った。
「あんぱん」は当時、新宿駅東口交番の横の
ロータリーに普通のおじさんがいて、欲しい、
と言うとオロナミンCの瓶に入ったブツが
3,000円で買えた。
草は買うのは難しかった。
日大●●学部のヤツがセブンスターの葉っぱ
をほじくり返して混ぜた粗悪品をやはり一本
/3,000円で売っていた。
日大は昔っからだ。伝統だよ…
今だに同じような馬鹿やってる。
草のホンちゃんもんはオ●ンダ大使館の関係
者の倅がたくさん持ってた。自宅に女集めて
パーティーをしていた。誘われたけど逝かな
かった。治外法権なのか、捕まらなかった。
話がそれた…
夜明け時の薄暗い部屋でラリッた女子高生
とイタすのはどんな気分ですか。
なりゆきで義務感もあっただろう。
寝起きでシンナー臭嗅いでどうよ。
元気出ますか…
やはり女はシャンプーの香り方が良いよ…
「帰れない二人」を聴くと当時の情景が
なんとなく浮かぶのです。
陽水さんもラリッた経験が多分にあると
思われます。
だって声がラリってますから…
これは70年代の邦楽の名曲です。
4枚目のシングル「心もよう」のB面収録曲。
1973年9月リリース。
陽水は当時、所用で一旦福岡へ帰郷していた
最中に制作しており、シングル発売に際して
どちらをA面曲にするかで井上は「帰れない」
を推したが、ポリドールのプロデューサーの
多賀英典は「心もよう」を推した。両者協議
の結果「心もよう」がA面曲となったそう。
因みにB面になった「帰れない二人」はRC
サクセションの忌野清志郎との共作である。
(wikiより抜粋)
やはり井上陽水とタモリと鈴木雅之は
サングラスがデフォだよね。
このジャケット、違和感しかない…
帰れない二人
歌:井上陽水
エグチセンセイオカリイタシマス
今日も見ていただき
ありがとうございます。





