昨日はケアマネージャーさんと一縁ヘルパーステーションと言う会社の社の責任者と実際来るヘルパーさんと面談しました。ケアプランは火曜の午後と土曜の午前中で週2回、

内容は主にカレー、肉じゃが等、野菜の皮むきが必要なもの。野菜サラダなど調理を毎回。掃除、アイロンかけとうにしました。

 首が曲がったら、そういうことが出来なくなってしまったんです。
あと元々苦手なのが、部屋のかたづけです。

診察券、保険証、印鑑、財布、定期券部屋の鍵等。紛失してしまう事が多く出かける前に慌てて探し、遅刻してしまうことがよくある、

原因は疲れて帰ってきて、服を脱ぎ、脱ぎっぱなしで、風呂に入り、寝てしまいます。ポケットに入れっぱなしだからですでも私が単にちびまるこちゃんのようにグータラだけなのか。



 昨日、国立職業リハびりテーションセンターに電話して、受講資格を問い合わせたところ、受験後半年経過したら受験資格あることがわかりました。

 私が東京に戻ってきたのはここを受けようと思ったからで再チャレンジしてみます。小平の東京職業能力開発校も併願出来るのでWで受けます。

 2ヶ月で新潟ー池袋高速バス移動実は20回以上高速バスの運賃が障害者手帳提示で半額ホテルに泊まるより安い、ほとんど夜行バスだった、

 こうした体の負担があったからかなのか、東京で短期間で色々ありすぎた、、環境の変化に体がついていかず、ストレスを溜めてしまい

私は頚性斜頚という病気か首さがりか、判明するのに時間がかり、心ばかり焦り、20キロもやせました。

 首の病気が原因不明で治らない。ボトックス治療が出来るか不安ですが
新たな目標を決めがんばってみます、



先日私のケアマネージャーとなる方から電話があり面談を受けました。
先月下旬2回自宅で自宅で面談を受け、今月5日には介護度認定の結果が判明、介護保険証を送りますということで待っていたが送られて来ない。

 市役所を5日前に発送済み、市役所職員自身で配達しているという、
電話したら10分で届いた。

 今後不安なのは介護保険の制度自体の問題か、縦割り行政で東京都、清瀬市介護保険課、保健所、地域の包括支援センター、ヘルパー派遣会社。横の繋がりが全く無いことで利用開始まで手続きに時間がかかると言う事です。

 私は同郷の同じ病気を抱える先輩が東京の職業訓練校に入校され、就業に向け頑張ってることを、インタネットで知り、患者会でお会いし、富山へ行った時の人との出会い、UR賃貸住宅の新宿事務所で今の住居を確保したこと、インターネットの情報と自分の行動力と決断といろんな偶然が重なら無ければ、今東京に戻ってくることは無かった。

 『都市で一人暮らしで障害を抱え生きていくのは、大変だけれど前向きに考え行動すればきっと応援してくれる人ば現れる』東京で出会ったある人の言葉です。私も、やっと地域の福祉制度を活用し生活の基盤ができてきたところです。何歳になっても希望を棄てず頑張って生きていきたい。