今私は重大な決断をしなくてはいけません。6年前PDを発症後職を失い、父が亡くなり2年後失意のままUターン就職の為東京を去りました。母の介護を経験し入院中死去。4年に間何もいい事が無かった
 
 就職活動と介護疲れでで精神的にぼろぼろで、新潟難病支援センターで相談し、HP久男の部屋の木村さんが51歳で東京職業能力開校に合格し訓練中ということを知りました。

 その後、新発田市で友の会の講演があり、偶然木村さんに出会い、富山の全国大会若年部会を紹介され参加しました。静岡支部の紅林さん、大阪支部のMさんにAPPLEの設立経緯や、若年性PD掲示板の4月集会のゴタゴタやメンバーのプロフィールをお聞きし、書き込みを勧められました。

その後書き込みを見ていた患者会や職業紹介のYさんにメールをもらい、ご夫妻に出会い一方で大阪のMさんからTちゃんの電話番号を聞き、やっと再起を賭け上京しました。若年PDの患者会終了後、居酒屋の二次会に、Tちゃんを呼びました。

患者会の主催者と今、Tちゃんをめぐり私は板鋏みになり、二択を迫られ苦悩の末、Tさんをとりました。Tちゃんは迂路屈折を経て今はよき理解者として私の心の支えとなってもらっています。
                
                Tさんの言葉

病気や障害を抱えてひとりで東京で生きていく事、案ずるより産むが易しとは言うものの自分が常にMAX状態で維持するのは難しいと言う事。
ココロの面、精神的な部分は病気であると言う事だけで、すでにストレスが掛かっていると思うから、ちょっとした事でも脆く崩れ易い気はします。相当、自分を強くさせないと独りでやってくのはとても難しいが…。
それが解るから、環境を整えようとするのは素晴らしい事だと思います。
公的な人、医療関係者、職場の人、近所?友人、自分と自分の病気の特徴を解ってくれる人が周りにいればいる程、あ・ん・し・ん するんです。
ひどく落ち込み何も手につかない状態にしないのが一番です。
独りで抱え込まない事です。

ありがとう貴女に会えて本当に良かった。
 今日17日東京障害者職業能力開発校の申し込みに行ってきました。
コース選択に迷いましたがCADをやりたいので第一希望で機械図
面系でCADオペレーター,ものづくり系で機械モデリングコースを
選択することにしました。編集デザインでWebデザインをやりたいのだが迷うところだ。もしかするとCAD専任講師が面接官だと木村さんが先輩でパーキンソ病に理解ありそうだから。ここではウサギと亀の亀さんで良いと言っていたので。
今日15日、ボトックス治療を受けに行ってきました。一度はボトックス治療は専門医S医師に『PDの場合,頸性斜頚は症例が少ないが初期治療であれば成功している。ほとんどが首下りでありやらないほうがいい。』と徹底的に否定していた。

 その診断が、私の主治医の村田美穂医師にボトックス治療再検討してもらい、簡単に覆り、お盆休みで受け入れてもらえる病院を探し奔走し、やっと病名が確定し、迂路曲折ありましたが、今日やっと希望する治療を受けることになりました。

 今日の11時からの予約でしたが、午後一時と思い込んでいて9時からホームヘルパーさんが着いてからこのことに気づき、10時に訪問マッサージーが入っていたので電話で病院やマッサージ師さん両方に事情を話したら、携帯、固定電話両方に出るはめになりましたがマッサージ師さんに西武新宿線花小金井の駅まで送迎して貰い電車ータクシーで5分前に病院到着事なきを得ました。

 ボトックスは健康保険で3割負担でも3万円と高価な薬剤ですが、治療費が特定疾患医療適応になり無料と言うことが分かりホット一安心しました。

 注射の位置は最初から決めていたらしく、左右の首の後背部に2箇所に注射しあっさり終わり何か拍子抜けでした。翌日~2週間で効果が出るそうで期待して待つことにします。早くこの長いトンネルから抜け出し、激痛からら開放されたいです。