教室にて、先生はいつも長い爪にマニキュアを施していました。お手本を弾く度に、爪が鍵盤に当たって小さくぱちんぱちんと音が鳴りました。

先生は私の前ではひとりの女性でした。

ですが1度だけ、母である先生を知ったことがありました。

いつもより早く教室に来てしまった私は、玄関で靴を脱ごうとして、奥から先生が娘さんを叱っている声を聞いてしまったのです。どうしよう。でも先生、もうすぐ私の授業だよ。

娘さんは私より少し年長で、洋裁をする私の母が彼女を家に呼び、縫ってあげるからどのデザインがいいかと選んでもらっている姿を見たことがありました。

ピアノは上達せず、『みんな』がソナタを習い始め、私はいつまでもブルグミュラーでした。

中学に入学して、音楽の授業を受けた時のこと。先生が『次回、この曲の伴奏を誰かお願い』としたとき、友達が私を推薦してしまったのです。

発表会に招待した子でした。発表会は何週間も練習したから弾けたのです。

『それじゃあ』と先生にお願いされてしまった私は、断る余裕もなく、自動的に引き受けてしまいました。

練習しようにもいつも隣でひとつひとつ教えてくれる先生は今いません。

当日はすぐに訪れ、クラスの皆は席を立って私のピアノと共に歌い出しました。

そして私は途中でとうとう弾けなくなってしまいました。

皆ぼう然としていました。悲しすぎる思い出です。

その1年後、私はピアノを弾けない自分に癇癪を起こし、ピアノ教室をやめてしまいました。

数年後ピアノは売却し、そのずっとのち、父がキーボードを買ってピアノを習い始めました。

その教室は車で数分。元巨人軍の桑田選手の家の近くでした。

そう父は、Mattと同じピアノを弾いていたのです。父は彼のようにはなれませんでしたが、お父さん、『いつまでもきらきら星』って笑って、ごめんね。