昨日、
時間がたーっぷりあったら何がしたいか考えていました。

以前にも、スピリチュアルに関することへの知識を高めたいという欲求について書いたことがあったのですが、
それ以外に私がやりたいことについて自問自答していたら、我ながら意外な答えが。

「ひたすら考え事したい」
「悩んで悩んで、悩みぬきたい」

・・・・・。

「時間があったら悩みたい」って…

我ながら驚き!

悩みたがっているから、
ますます悩みから抜け出せないんじゃん!

あなたMですか!と自分に突っ込みながらも、
さらにその根底にあるものを探っていきました。


・・・・私はずーっと
「一人になりたい!」
「一人の時間がもっとほしい!」と
このブログでもつぶやいてきてたんですが、

ひとりになりたい一番の理由が、
「何か行動したい」という以上に

悩んでいることや今後のことについて、
考えて考えて考え抜きたい~~~~って思っているからだったんですねあせる

子供達がそばにいると、かなり騒々しいし、
いちいちあれこれ干渉してくる子たちなので(^^;)
ゆっくりじっくり考え事をする余裕はありません。

そして私は
「やりたいこと」=「考え事」ができなくて
イライラが強まっていきます。

悩みたいのにゆっくり悩めない、
そして、自分に向き合いきれなくて、
子供達にも向き合いきれず、
いっぱいいっぱいになっちゃっている…

私の中のインナーチャイルドは

「こっちを見て!私を見て!」

って必死に訴えている…
でも、相手している余裕が無い。


それに気づかせるためであるかのように、
うちの子達は、「あれやって!これやって!私の相手をして!」とものすごいアピールしてきます。

なんとなく、じゅうぶん相手してもらえてない、って思っているからなんでしょうね。

私が自分のことに十分に向き合える時間を持たない限り、この状況は続くんだな、ということが理解できるようになってきました。

自分のために時間を取って、
自分の悩みに向き合ってあげる。
それをやりたい。
けど、やっていない。

だからこそ、
「もっと自分のこと考えたい」
「もっと自分の悩みに向き合いたい」

=「時間があったら悩みたい」という気持ちに繋がっているんだなーって思いました。


悩んでいる暇があったら行動を!というメッセージは世の中にたくさん散りばめられていて、
確かにそれは一理ある、とは思うのですが、

十分、自分に時間を取って、
悩みに向き合ってあげる。

もういいやーって思うくらい。

それって、実は凄く大事なんじゃないかな~と思ったりしたのでしたニコニコ

自分と向き合うのを嫌がって、逃避で行動にでるのと
やりたいこと・楽しめることのために行動するのとでは、
意味合いも充実度も全然違いますもんね。

次女が幼稚園に入園したら、
もうちょっと自分と向き合えるようになるかな~。