やさしさの境界線について考えたい。

たとえば、はじめてベッドに入り、女の子のパンツを脱がせようと手をかける。
すると女の子がそっと腰を浮かせる。

これはあきらかに思いやりである。

しかしこれが、思いやりのつもりが

女の子が魔が差してブリッジしてしまう、というケースがある。

これはなんと言うべきか。
行き過ぎた親切。いや、違う。
あきらかに思いやりという種の情緒が途中でブリッジをさせる何者かに切り替わっているのだ。


それが何者かを考える前に、両者の間くらいのこととは何であろうか。

キレイに弧を描くブリッジまで行かずとも、膝を立てて腰を浮かす、くらいが間であろうか。
これはまだぎりぎりでやさしさの範疇である。
少なくともちょっとやりすぎくらいのやさしさである。


しかし、行き過ぎたブリッジには腕を立てたくなってしまった、
という衝動がどこかに隠されていたのだ。

その子のどこかに、
ブリッジしてしまおう。
ブリッジを魅せたい。
客を沸かせたい。
度肝を抜きたい。
等の何がしかの押さえがたい芸人魂があったことが伺える。

つまりこの行為は、「ソフト大道芸」

とも言える。
シリアスバカというのは僕が思う、笑いってのはこういうことだ、ってフレーズです。
とても人が真剣なおもむきで取り組んでいる中に、滑稽さや不自然さが潜んでいる。
それがひとつの笑いになる、ということです。

一つの側面を見ているうちに逆サイドの側面が思い浮かんでしまい、
「ハッ」とひらめいた瞬間に吹き出してしまう。

これが一番瞬発力のある笑いなのではないかと、結論に至りました。
「不幸の中に笑いを見つける」とは爆笑問題の太田氏の一言です。

あと、文字ベースで人を笑わせたい。
リリーさんよりエグイこととか下ネタ言わないで笑わせたいってのはあります。