さて、主のもとから風が起こり、海の方からうずらを運んで来て、宿営の周囲に落とした。それは一方の側に約一日の道のり、他方の側に約一日の道のりがあり、地面より二アンマほどの高さに積み重なっていた。民は立ち上がり、終日終夜、さらに翌日も一日中、うずらを集めた。最も少ない者でも十ホメルを集めた。彼らは自分たちのために、宿営の周りにそれらを広げておいた。だが、その肉がまだ彼らの歯の間にあって、かみ切られていないうちに、主の怒りが民に対して燃え上がり、主は非常に激しい災いで民を打たれた。そのため、その場所はキブロト・ハタアワと呼ばれた。貪欲な人々をそこに葬ったからである。(民数記11章31-35,協会共同訳)

出エジプトの物語で、

その①で取上げたマナ(おそらくカイガラムシ類およびその宿主タマリスク類)は、

新約聖書で4回も言及されている一方、

同時に神から与えられたウズラについては、

新約には取上げられていません

 

不思議な天からの恵みと捉えたであろうマナに対し、

ウズラそのものはもちろん、

ウズラが大量に飛来するということ自体は、

イスラエル・ユダヤの民にとって、それほどの稀有な出来事とはみなされなかった

それが、ウズラについての認識だったのでしょう

 

旧約聖書に出てくるウズラとは、

もちろん日本含むシベリア-東アジア-東南アジアに分布する、

ウズラ(キジ目キジ科ウズラ属)ではなく、

中央アジア-欧州-アフリカに生息する、

ヨーロッパウズラ(同属)のことです

 

ウズラ属の各種は、キジ科としては珍しい渡り鳥で、

ウズラが東アジアの他の多くの渡り鳥と同じく、

夏期に北の地(東日本以北)で繁殖し、

冬期には南の地(西日本以南)で越冬しますが、

ヨーロッパウズラも夏期に中央アジア-欧州、

冬期にアフリカを往復する渡りをします

 

家畜化についてはどちらも昔から行なわれていますが、

ウズラがA.D.15世紀の室町時代の日本において、

初めて商業飼育の記録が見られるのに対し、

ヨーロッパウズラはエジプトで、

遥かに古いB.C.15世紀の壁画に出て来るそうです

ただし比較するとウズラの方がはるかに飼育の歴史は浅いものの、

野生のウズラは日本では個体数が激減し、

絶滅危惧Ⅱ類に指定されるまでなっています

 

聖書の中で、ヨーロッパウズラは、

出エジプトの民の生命を支えるために大量に、

風に運ばれて降積もったとされます

一見すると、不思議に思える表現ですが、

キジ類の中でもかなり体が小さいながらも、

唯一長距離の渡りを行なうウズラ類は、

大群での渡りの途中に、極度の疲労のため大挙して地上に降り立ち、

回復するまでしばらく動けなくなることも多いそうです

聖書の記述のように、

人が簡単に捕獲できることも珍しくなく、

特に日本列島と同じ、北と南の生息地を結ぶ渡りルートの中継地として、

現代においても、パレスチナ周辺は、

ヨーロッパウズラの大量捕獲がしばしば可能な地として知られています

 

なお、ウズラ始め他のウズラ属の種には見られず、

日本ではあまり知られていないのですが、

秋に南のアフリカから北に渡るとき、

一部の個体に、コータニズムと呼ばれる、

筋肉中のミオグロビンが血中に溶け出し、

時に致死性の腎不全をもたらす毒を持つとされています

 

ただ、この毒についてはB.C.4世紀から知られていたにもかかわらず、

この物質、およびおそらく毒性を持つ餌の植物については、

現在に至るまで特定されておらず、

近年はめったに中毒例もないそうです

何らかの理由でヨーロッパウズラが毒草を食べなくなった、

変化があった可能性はあるのですが、

今の段階では、調査が進んでいないそうです

 

とはいえ、ヨーロッパウズラに毒を持つものが存在することは、

以前から広く知られており、

それは、上記の民数記の記述が、

ヨーロッパウズラの毒性を示したものと古代から受取られてきたことと、

繋がっているようです

 

先に触れた、出エジプトの物語でマナと比べ、

(ヨーロッパ)ウズラの恵みがあまり強く受け取られていない理由は、

恐らく聖書の時代から、ヨーロッパウズラについて、

大群の渡り、毒鳥の性質共に、

広く知れ渡っていて、ほとんど超自然的な奇跡とは、

現地の人々に思われていない、

ある意味ありがたみの少ない恵みだったからなのでしょう

 

聖書の記述には、実は自然や農業の知識が強く反映していて、

決して不思議な話ばかりではないという一例と言えると思われます(2026.1)