東京都あきる野市の,

旧都立秋川高校跡地に、

見事なメタセコイアの巨木の並木道があります

丁度20年前の初秋から紅葉を始める時期にかけ、

2,3回通いました

 

2000年に三宅島が噴火し、4年半の間、

全島民が本土での避難生活を続けました

大部分の島民は都内各地の都営住宅で暮らしましたが、

3百数十人の小-高校生は、親元を離れ寮生活をすることになりました

東京都西部のあきる野市秋川に、

珍しい公立全寮制の秋川高校があったのが前年に閉校になり、

学生寮はじめ施設が残っていたのが、

用いられてのことでした

 

新宿からでも片道1時間を超えての遠さを、

避難したばかりの三宅島の子どもたちが、

毎週末家族の元まで往復することになったと聞き、

1つの災害支援団から、

その年のクリスマスプレゼントとして、

児童生徒全員に、

数千円分の鉄道プリペイドカード等を支援しようということになりました

 

下見、そして学校との交渉のため、

奥多摩地域に少し土地勘のあった私が、

旧秋川高校を訪問しました

その際に、広い校庭の中にあるメタセコイアの並木道を見て、

美しい景色に見とれていました

 

三宅島の児童・生徒へのクリスマスプレゼントは、

形を変えつつ、今も続けられています

 

メタセコイア(和名アケボノスギ)は、

ヒノキ科メタセコイア属の樹木で、

メタセコイア属は新生代第3紀に絶滅した、

全て化石種と思われていた中、

戦後すぐに、

中国西部で遺存しているものが発見され、

世界中に移植されて広がった、

いわゆる「生きた化石」の一つです

成長が早く、

街路樹等にも用いられています

 

メタセコイアはあと1月ほどで黄色く紅葉し、冬支度となります

都心よりもかなり寒い奥多摩の冬を初めて迎える、

子どもたちの心に残るだろうことを思って、

並木を見上げていたことを思出します

 

4年強後にやっと、生徒たちは三宅島に帰り、

その2年後に、学校施設は解体されました

つい先日、

跡地の並木道の、近景の写真を目にしました

校庭は荒れていますが、20年前と変わらず、

並木は健在のようです(20.10)