カタカムナより知る

日本人の先祖の ハタラク

の意味は、

今の現代人の  働く

とは、真逆だったこと。


大企業で働いた時、

仕事を生み出すために、

仕事を作っていた。



今現在の在り方は、

何かをして、時間も空間も

埋め尽くすことを良しとした。

この意味は、寂しい


と、言う心を表す。

DSは、満たされぬ欲求を生み出したのだ。



我々の先祖、カラ族。

ハタ = 畑

ラク = 楽

生活を行う直ぐ側に、実の成る木を植え

毎年、毎年、植えて、育てて、収穫するのは、

お米のみ。

それ以外は、何も手を加えずとも、

自然に成り、収穫のみをする。

今のように野菜の種まきをして収穫を行うようなことは、無かった。と。


野菜 = ワラビ、ノビル、ツクシ、ゼンマイ

     竹の子、ウド、山椒、フキ、キノコ

     アケビ、タラの芽、アブラナ、、。


木ノ実などの、銀杏、栗、自然薯

何もせずとも、自然の恩恵で、収穫のみで

頂ける食材は、幾らでも出てくるのだ。


我々の先祖、カラ族は、

可能な限り、何もしなくとも

用意されている状況の大枠を用意し、

そして、自然の恵みを戴くのみだけ。


いつも、与えられて、与えられて、

満たされて、溢れ出て

これが、日本人の先祖の当たり前の環境。


感謝しか生まれない。

そう言う状況、環境を自ら構築し、

可能な限り、

時間も空間も、可能な限り、空かせる。

有るがままに、そのままに。

今を完璧とし、許し受け入れる。


この意味は、幸福


大転換期、大峠を迎入れるには、

すべて、委ね、許し、受け入れる。

覚悟と度胸が必要となる。


遊ぶように生きるのは、

朝から晩まで忙そ忙そと、

心を亡くすように、

無心で生きるのが当たり前の今の人には、

変わることを受け入れるのは、

怖い。


朝起きるのも、夜寝るのも

一日をどう過ごすのかも

自分の本当の思い、好みを体験し

味わうのには、勇気が居る。

人と違う時間を過ごす。

人と違う空間を過ごす。


何もない、

いつでま、新しいものを受け入れられる

時間と空間を開けておく。

穏やかに生きる。

その姿が、

過去の日本人の先祖の生き方であり

これからの未来の日本人の生き方だと思う。


遊ぶように生きる


毎日、毎時間。幸せを生きる。

今を大事に生ききることを、

中今と言う。


身軽に生きる。