真鍋昌賢編著『浪花節の生成と展開――語り芸の動態史にむけて』
Qまずは本書刊行の経緯を教えてください
はい。本書は、浪花節(浪曲)の歴史的展開についての論文・コラムを構成されている論集です。「あとがき」にも書きましたが、国際日本文化研究センター(以下日文研)に、浪曲SPレコードのコレクションが寄贈されたことを出発点として組織された共同研究の成果として編まれました。日文研所蔵のSPレコードを随時参照しながら共同研究を進めたわけです。
本年6月から日文研ウェブサイトで「浪曲SPレコードデジタルアーカイブ」の一部公開がはじまりました。デジタル化は現在も進行中で、今後もアーカイブの更新が予定されています。桃中軒雲右衛門、2代目吉田奈良丸、3代目鼈甲斎虎丸などなど・・・演者の声を聞くことができますので、ぜひ。
Q浪花節に注目する意義はどのようなところにありますか?
明治時代の後半以降、浪花節は人気を高めていき、明治末には大流行をむかえます。大衆的な価値観や感性の流通・共有という点において、前近代と現代をつなぐ近代の重要なチャンネルとして浪花節がありました。人々の喜怒哀楽を喚起した物語や旋律を解明するうえで、浪花節は大事な研究対象です。また、落語や講談に比べますと、農村・漁村での需要が非常に高く、そうした点でも浪花節史が解明されていくことが、日本の近代大衆文化史を読み解く大きなポイントになるのだろうと思っています。
大衆文化研究は、そもそもが、身近な生活のなかにあった文化を扱うわけですが、研究とアーカイブが共振しつつ、その成果が社会に還元されていく一例として、われわれの浪花節研究が認知されていけばよいなと思っています。Q本書の特徴をおしえてください
本論集では、先に述べました明治末年の大流行以前の状況を見渡しながら、多様な展開をみせていく浪花節のプロフィールを、各執筆者の専門分野から実証的に論じようとしています。明治期からアジア・太平洋戦争終戦までの浪花節を扱う論考が多くを占めますが、現代を視野に収めた論考も含まれています。
浪花節研究にかかわってきた執筆者の論考も力の入った刺激的なものがそろっていますが、一方で浪花節の研究にかかわってこなかった執筆者の論考が多数を占めるという点も、本書の特徴だろうと思います。つまり、浪花節研究を核としつつ、文学、音楽、映画、民俗、思想などのさまざまな外部的な専門性をもちよって、雑種的な視点をつくりあげた共同研究ですね。
Qどのような浪花節論が収められているのでしょうか?
そうですね、浪花節研究のフロントラインをおしあげる論文・コラムがならんだと思います。これまでの先行研究でおぼろげに意識されてきたが、本格的には手がつけられてこなかった、そういうものを含めて様々なテーマが取り上げられています。キーワードのいくつかを挙げてみましょう。三遊亭円朝、金色夜叉、曽我物語、ちょんがれ節、女流、節劇、活動写真弁士、社会主義、日系社会への巡業、戦時下の朝鮮語浪花節、ピアノ伴奏の試み、赤城の子守唄、壷坂霊験記、広沢瓢右衛門、左甚五郎、えーそれから・・・野球狂の詩!
浪花節ではおなじみのワードもありますが、なかには、何だこれ、浪花節とどう関係があるのか?と思われるものもあるかと思います。拙著『浪花節 流動する語り芸―演者と聴衆の近代』の冒頭では、浪花節を「鵺」にたとえる言説を紹介しています。「鵺」というのは、つまり、不気味なほどに表情を変える流行芸能としての生命力を表しているといっていいでしょう。ここに挙げたキーワードはすべて、「鵺」としての浪花節を解明する迷宮への入り口です。
Qどのような読者によんでほしいと思っていますか?
大衆文化史をジャンル横断的に見渡してみたい方に、浪花節のことをもっと知りたいという演芸ファンに、あるいはSPレコードなど大衆文化資料の保存・活用に関心をもっている方に、ひろく読んでいただければ幸いと思っています。
浪花節の歴史は、視点の置き方、視野の広げ方によって見立てがずいぶん変わってきます。義士、侠客、義理人情は、もちろん浪花節の中核的エッセンスなのですが、そこにイメージが限定されてしまうと、浪花節がかかえてきた動態的な側面を見損なってしまうでしょう。ぜひ、「うごめく」歴史を感じ取っていただくべく、本書を手にとっていただければ幸甚です。