時代を超えてミクが歌います!
時代を超えてミクが歌います!
「悲劇の王女」
鼓膜に突き刺るような魔物の咆哮に激しい胸騒ぎをおぼえたセリアは、部屋の扉を乱暴に開くと廊下へ飛び出した。
セリアの脚は、王妃シルサが居るであろう庭園に向かって全速力で駆け出していた。
途中、幾人かの警護兵に呼び止められたが、セリアは足を止めようとはしなかった。
「ああっ、お母様……っ!お母様……っ!どうかご無事で……っ!」
ムーンブルク城の象徴とされる長大な螺旋階段を一気に駆け下りると、いつも見慣れた中庭へ続く回廊が双眸へと映し出される。
息を弾ませながら白亜色の石柱が対照に並び立つ荘厳な回廊を抜けると、中庭へ続く巨大なアーチが眼前へ迫ってくる。
門扉は怒涛のように押し寄せた魔物達を防ぎきれなかったのか、警護の兵の姿も見えず開け放なたれたままになっていた。
セリアは脇目も振らずアーチを抜けると、庭園へ向けて尚いっそう力強く駆けた。
セリアが中庭へ足を踏み入れた瞬間、魔物の来襲を告げるけたたましい警鐘の音が耳へと飛び込んできた。
警鐘音に驚いて宙を見上げると、夥しい数の魔物が空を覆い隠さんばかりに飛び交っていた。
とても信じ難い光景を目の当たりにしたセリアは、驚きと戸惑いから思わず足を止めた。
中庭の様子に目を凝らすと、魔物との死闘によって落命した兵士の亡骸や、見るに堪えないおぞましい姿をした魔物の死骸があちらこちらに見てとれた。
兵士達の亡骸に目を凝らすと魔物に腕や足を食いちぎられている者や、魔物の放つ炎や魔法によるものか体中の皮膚が焼けただれてしまっている者もいた。
あまりに凄惨な光景を瞳に映したセリアは、喉奥から大音量の悲鳴をあげようとしたが、やめた。
彼女の聡明な知性が「辺りを徘徊する魔物に気付かれてはならない。」と囁いて胸中で波立つ感情を抑え込んだからだ。
恐怖と悲哀とで小刻みに震える両掌をゆっくりと口元へと運ぶと、声が漏れぬように自身の唇にぐっと強く押し当てた。
代わりに、双眸から止めどなく溢れ出た涙が静かに頬を伝っていた。
「クケケケケッ!!!!このような所にまだ生き残りがおったとはっ!!!!」
突如、セリアの背後から不気味な甲高い声が響いた。
慌てて振り向くと、顔に不気味な仮面を装着した男とおぼしき者がいつの間にか立っていた。
「ケケケケッ!!!!我が救いの炎の呪文で身も心も焼かれ絶望に満ちた魂を我らが神に捧げるがよい!!!!」
男は狂気と殺意を孕んだ声で一頻りわめくと、未だ呆然と立ち尽くすセリアに向かって呪文を行使する言霊を唱え始めた。
自らも魔道を習得しているセリアには、仮面の男が一心不乱に唱えている言霊が火炎の渦を巻き起こす呪文『ギラ』の言霊であることがすぐに理解できた。
程なく魔法による攻撃を受けるであろうことを悟ったセリアは、腰に携えた魔道の杖を強く握りしめると、同じく炎の呪文である『メラ』の言霊を詠唱した。
魔道の杖を握る手の中が汗でぐっしょりと濡れているのがわかる。それこそ、己の身を守る為に必死になって言霊を唱えた。
そして仮面の男が全ての言霊を言い終える前に、魔道杖から紅蓮の火炎を迸らせると、鋭く宙を振り抜いて仮面の男へと目がけて火球の塊を放った。
セリア「逆巻く炎の精霊よ!!!!我に力を!メラ!!!!」
仮面の男「グギャアアァァアアアアアアアーーーーーー!!!?」
セリアが魔法を放った刹那、男の身体は轟々と燃え盛る炎に包まれいた。
幼き頃より魔道を学んでいたセリアには、ギラの呪文よりメラの呪文の方が火炎の規模は小さくとも詠唱の言霊が遥かに少ないことを熟知していた。
その事を瞬時に判断し、呪文の言霊を一言一句違えることなく詠唱し発現させた結果であった。
仮面の男「ヒャハハハハーァァァァ!!!!?偉大なる大神官ハーゴン僧正にシドー神の祝福あれぇぇぇぇぇ!!!!!」
セリアは男の凄絶な断末魔の声をきっかけに生死を賭けた戦いの緊張感からふと解き放たれた。
邪教の使徒が焼かれながら床に崩れ伏せる光景を目の当たりにしていると、得も言われぬ罪悪感が王女の心を包み込んでいく。
セリア 「私……人を……人を死なせたの……?いや……嫌ああーーぁぁぁぁぁ!!!!」
セリアは魔法の修練の過程で幾度か魔物を相手にしたことはあったが、《人》の命を絶ったのは初めてのことだった。
セリアは自分の取った行動が恐ろしいことなのだと理解した瞬間、石畳に手をついて泣き崩れた。
辺りの気配を気にする事も忘れて大声をあげて泣いた。
その手を血に染めたことのない王女が嘆くには十分な理由だった。
「ウオオオーーォォォォ!!!!」
泣き崩れていたセリアの耳朶に空気を引き裂くような魔物の猛々しい咆哮が聴こえた。
(ああ!お母様!お母様!)
ふと我に返ったセリアは、溢れ出る涙を拭うと王妃の無事を心の中で祈りながら再び庭園の方へと駆け出した。
その頃王妃シルサは、混乱の最中広い庭園の中を一人慌てふためき彷徨っていた。
庭園を生気で溢れる色彩で彩っていた木樹や花々は、邪教団の放った火によって朱一色に塗り替えられ無残に燃えあがっていた。
辺りに立ちこめる黒煙が漆黒のカーテンを下ろしたかのように中庭を黒く覆い隠している。
シルサ 「ああ、我が国が……何故このようなことに……」
セリア 「お母様っ!」
シルサ 「セリア……?」
セリア 「ああっ!お母様っ!ご無事でよかった……っ!」
セリアはシルサの姿をその目に映すと、母が無事であったことを祝福の精霊であるルビスに心から感謝して喜びの声を漏らした。
シルサ 「お前が何故、このような所に一人で……」
セリア 「お母様がお庭の花々をお手入れされる時はいつもこちらにお一人でいらっしゃると聞いておりましたので、急いでお迎えにあがったのです」
シルサ「し、しかし、ここへ来るまでには、あの悪辣な邪教の者共が居たのではありませんか?」
セリア「私も多少なら身を守る術は持ち合わせているつもりです」
セリアがそう口にした次の瞬間、シルサの顔色がみるみる蒼白に豹変していった。
額に深い皺が寄るほどに眉をしかめ、限界まで吊り上げた唇を激しく震わせながらセリアに向けて呟いた。
シルサ「……寄るでない」
セリア 「お母様……?」
シルサ 「寄るでない!!そう、やはりお前が!!お前がこの災いを呼んだのですねっ!!」
シルサは先ほどにも増して厳しい視線をセリアへ向けると、強い口調で怒鳴りつけた。
耳朶を打つ激しい怒号が駆け寄ろうとしたセリアの足を立ち止まらせる。
王妃より向けられる視線は、獲物を射る矢のように鋭く、凍えるような冷気を孕むものに思えた。
何故なら、シルサはセリアを娘として愛していないからだ。
その理由の一つは、シルサが夫であり国王であるファン一〇三世と決して愛しあって結ばれた間柄ではないと言った事情がある。
シルサは、ムーンブルクの数ある名門名家の一つであるシアルフィ家の三女として生を受けた。
名門貴族の家に生まれ、それだけでも十分恵まれている筈のシルサは更に幸福なことに、生まれ持って天から愛くるしい容姿を授かった。
成長するごとに美しく伸びるラベンダー色の髪。髪の色と同じ紫水晶を輝きを宿す二つの瞳。
まるで針金細工で設えたような細身の体躯。それらは神が創造したのではないかと思わせるに十分なものだった。
名門貴族の一員であるシルサは豪奢な食生活はもちろん、衣装や装飾品、娯楽や教養面に至るまで何でも与えられて育ったのである。
シルサは不自由という語句の意味を何一つ感じることなく、そのまま美しい女性へと成長していった。
十六歳の誕生の日を迎えたシルサは、ムーンブルク王家が毎年恒例で開く舞踏会への招待をきっかけにして初めて登城する栄誉を賜った。
満四十歳の齢を迎えた国王ファン一〇三世も、絶世の美貌と噂高いシルサの初披露目を今回の祝宴での楽しみの一つとしていた。
舞踏会当日、シルサが祝宴の会場に姿を現すと、その噂が決して過大ではないと思わせる美しさに、会場のすべての者がシルサへと目を奪われた。
まるでアメジストの宝石をはめ込んだような紫の双眸に、腰の辺りまで伸びるラベンダー色の長く美しい髪、全体的に細身でありながら大きく豊かに膨らんだ胸や、くびれた腰から下にある女らしい臀部の丸みを帯びた膨らみ、ドレスの隙間からすらりと覗かせる白磁のように細い脚など見れば見るほど、美の神が施した御業と思わせるに十分な容貌であった。
シルサが床に敷かれた真紅色の絨毯の上を作法に乗っ取った足取りでゆっくりと歩みを進めると、世にも稀有なラベンダー色の長髪がしゃなりと優雅に揺れた。
ただ風貌が美しいだけでなく、十六歳という若さで高貴なる者が持つ気品と作法をシルサはすでに持ち合わせていた。
とりわけファン一○三世には、美しさの象徴ともされる精霊ルビスが、現世に降り立ったのではないかと思わせるほどに美しく思えた。
国王ファン「なんと、ムーンブルクの至宝は、生ける宝石であったか」
シルサのその可憐な容貌に、思わずファン一〇三世がそう言葉を漏らしたことを側に控えていた大臣や近衛兵が後に証言している。
この王の言が後にシルサをムーンブルク内外にて、『ムーンブルクの生ける至宝』と称される所以となる。
この舞踏会での初披露目をきっかけにファン一〇三世に見染められたシルサは、その後、王の年甲斐もない熱意が溢れんばかりに籠った幾度にも及ぶ求婚に押しきられる形で妃として王室へと迎えられる運びとなったのである。
王宮に絶世の美姫として迎え入れられたシルサであったが、貴族、騎士、国民。
彼女のまわりの多くの人々が醸す熱狂的な祝福の雰囲気とは裏腹に、彼女の胸中には晩秋の寒風が吹いていた。
何故なら、自分よりおよそ二回りほども歳の離れた夫をどうしても愛することが出来なかったからだ。
盛大なる婚礼の儀から数えて四年の年月が過ぎた頃、シルサは王の子を懐妊した。
その事を側仕えの侍女長から告げられたシルサの顔は王室にあがって以来満開の笑顔を咲かせていた。
それまで灰色の絵の具で塗り潰されたような王宮での暮らしに初めて鮮やかな色彩が加えられたように思えたからだ。
頼る血縁のまったくいない王宮の中にあって、シルサは毎日を孤独な思いで過ごしていた。
いや、むしろ、やり過ごしていた。と言うべきであろうか。
いかに出身のシアルフィ家が王国きっての富貴さを誇るとは言え、王家の血を純粋に受け継ぐ王族にまともな問答など許される筈もなく、常に相手の顔色を窺う日々を過ごしてきたのだ。
だからこそ、自分の血肉を分けて生まれてくる我が子はシルサにとって一族の血を引く身内であり城内で共に過ごせるであろう本当の家族に思えた。
シルサは生まれてくる我が子に持てるありったけの愛情をそそぎ育てることを心に誓った。
シルサは無事出産の日を迎え、健やかでとても愛くるしい容貌の女児を授かった。
晴れて一児の父親となったファン一〇三世も、小さなムーンブルクの王女の誕生にそれは大層な喜びようであった。
元気な産声をあげる小さな王女は、シルサが自らセリアと名付けた。
シルサは心に秘めていた思いの通り、自らが持てる愛情の全てを惜しみなくそそいでセリアを育てていった。
セリアの歳々の成長を通じて、夫であるファン一〇三世ともセリアの教育方針や躾けの事などで自然な会話のやりとりが成り立つようになり、多少だが気持ちが通じ合えるようにもなっていった。
この時、シルサは幸せの最中にあった。
さらに年月は流れ、セリアが五歳となって迎える夏のある日。
ムーンブルク地方はこの夏、記録的な猛暑に苛まれていた。
幼いセリアもこの熱気に当てられ、ついには食事も喉を通らないほど身体を衰弱させてしまっていたのだ。
宮廷医師の話によれば、このままでは生命の大事に至るとまで宣告された。
医師が告げる思いがけない凶報に王も王妃も打ち震えた。
特に言い知れぬ不安を覚えたシルサは、何か手立てはないものかとその日は夜通しで思案した。
そして、日昇の訪れを告げる鳥の声が部屋の中に木霊す頃に一つの案を考えついた。
ムーンブルク城の長大な跳ね橋が下りると、その上を豪華に飾り付けられた白亜の馬車が通り過ぎて行く。
シルサは連日のように照りつける熱波を紛らわそうと、数人の衛兵を引き連れてセリアと共に城から少し離れた所にあるムーンペタ森林へと夕涼みに出た。
この夕涼みこそがシルサの精一杯の思いつきであった。
陽の光が全くと言っていいほど差さない森林はさながら暗い深海の底を思わせる。
悠々と伸びる樹々は誰にも手折られたことがないのか、一番低いものでもゆうに並みの民家よりも大きい。
闇夜が茫然と広がる森の中を進む馬車の車内に真夏とは思えない冷たく涼し気な風が吹き抜ける。
シルサが自らの膝もとへ視線を落すと、安らかな表情で静かな寝息を立てるセリアがその目に映る。
小さな王女を苦しめていた病魔も今はどこかへと去り、今はとても健やかな寝顔を覗かせていた。
娘の落ち着いた様子に安堵したシルサが馬車の出窓へと視線と移すと、高い木々がそびえ立つ檻の外で顔を出している筈の太陽も顔を隠したのか周囲はすっかり深い闇に覆われていた。
馬車が御者台から照らすランプの灯りを頼りに闇の中を注意深く進んでいたその時。
-ザサッ、ガサッ、ガサササササッ-
辺りの枝の葉が激しく鳴ったかと思うと、森の暗闇がまるで何かを産み落としてみせたかのように大きな黒い影が馬車の前へと飛び出してきた。
御者台から向けられた細い光の帯が影の纏う闇を剥ぎ正体を明らかにする。
それは、大柄な巨体を誇る猿の怪物マンドリルだった。
『フギィッ、フギギイイイィーッッ!!』
身の丈3メートルはあろうその猿の怪物は馬車を見るや荒々しい奇声をあげる。
突然の襲来に不意を突かれ戸惑っていた衛兵達もあらためてマンドリルの姿を目の当たりにすると、槍の矛先を果敢にマンドリルへと向けた。
その様を鋭い両眼に映したマンドリルは、巨体に似合わぬ俊敏な動きで瞬く間に距離を詰めてきた。
槍を構えたまま面食らう衛兵に向かって長大な二の腕を敏速に叩きつけると、あっという間に薙ぎ払ってのけた。
衛兵達が森の深い深淵へと吹き飛ばされていく中、マンドリルは間を置かず馬車目がけて走り出した。
助走をつけ勢いづいたマンドリルは大きく跳躍すると、両手の指先から生える鋭利な爪をばっと開き馬車の車体へ目がけて猛然と急降下し始めた。
-バキッ、ガサガサガサッ-
マンドリルの身体が見上げる程の高い位置にある木々の枝に触れては折り、葉を鳴らし散らせながら落下する。
その激しくも不気味な音は、段々とシルサの方へと近づいてくる。
シルサが音のする虚空を恐怖に震える両眼でゆっくりと見上げると。
見えた。
探し当てた獲物を前にし狂喜する野獣。まさにそれだ。
口元からはぼたぼたと滝のように涎を垂らし、鋭い眼光と爪はシルサ達を喜々として捉えている。
その異様な光景を目の当たりにしたシルサは、これまでと覚悟を決め膝元で眠るセリアを強く抱きかかえると無防備な背をマンドリルの凶爪へ差し出したその時だった。
突然セリアの身体から青白い光がぼうっと立ち上ったかと思うと、次の瞬間たちまちマンドリルの全身は真赤な炎に包まれた。
『ウオオオオオーーーーンッッ!!』
マンドリルは森林中に響き渡る断末魔をあげると、べたっと鈍い音を立てて地面にたたき落ち火だるまとなって息絶えた。
その光景を目撃したシルサは、突然我が子に対して言いしれぬ恐怖が沸き上がった。
ムーンブルク王家の血を色濃く受け継ぐセリアは、その血統によって強大な魔力を生まれながらにしてその身に宿していたことがわかってしまったからだ。
まだ碌に言葉を話すこともままならない小さな王女によって魔物が撃退されると、供の者や護衛の兵士達はようやく落ち着きを取り戻しつつあった。
帰路に着く途中のシルサの表情は人形のように蒼白で見るからに狼狽し、心ここにあらずといった面持ちであった。
近衛兵の一人が馬車に寄って王妃に王都への帰還を促すと、彼女は先程からの虚ろな瞳のまま首を縦に数度縦に振って素直に従った。
魔物の来襲による恐怖からか、それとも、我が子に宿る恐ろしい力を目の当たりにしたからなのか、帰路に着く馬車の中でシルサは身体中を小刻みに震わせ続けていた。
震えるその腕の中に最早セリアは抱かれてはいなかった。
シルサはあの夕涼みの件をきっかけにセリアを遠ざけた。
---やはりこの子もムーンブルク王家の血筋なのだ。---
その様なやるせない嫌悪感が日増しにシルサの中で大きくなっていたからだ。
セリアの教育や身の回りの世話などは専ら侍女達が面倒をみるようになっていた。
家族が集う食卓の席ではシルサも国王やセリアと渋々同席はしていたものの、しばらく月日が経つとついにはまったく姿を見せなくなった。
その様なセリアの境遇を不憫に感じた王は、セリアが十二歳の誕生日を迎えたその日に神学を学ぶことを理由とし、アレフガルド大陸より海を渡り離れた大陸にある寄宿制の修道院へと送り出した。
城内で寂しい生活を送らせてしまったセリアがせめて心を通わせることが出来る師や友に巡り合えるようにと願いを込めて。
今日の誕生の儀は、セリアが修道院の宿舎より戻ってムーンブルクで迎える久しぶりの誕生日でもあった。
セリアはこの機会にシルサとの間にある心の溝を少しでも埋めたいと考えていた。
今日の衣装選びに長らく時間をかけたのも、シルサにほんの少しでも気に入られたい願う切なる思いからであった。
しかし、セリアのその想いがシルサに届くことはなかった。
開口一番に怒鳴りつけられたセリアは、脚が鉛へと変わってしまったかのようにその場から一歩も動けなかった。
遠くより微かだが剣戟の交わる音が響く中、母娘二人の間に物言わぬ静かな時間が流れる。
セリアがしばらくその場で立ちすくんでいると、魔物のものであろう猛々しい雄たけびが木霊し静寂を引き裂さいた。
じっと耳を澄ますと、先程よりも明らかに剣戟の音が近づいて来ている。
暴徒や魔物の集団がいよいよ庭園近くにまで迫っているようだった。
セリア 「このまま、ここに居ては危険です!一緒にお父さまの居らっしゃる謁見の間へ向かいましょう!」
シルサ 「だまりなさい!お前の指図は受けません!」
刻々と訪れつつある戦渦の足音に、心を戻したセリアはシルサにそう進言した。
するとシルサは、先程より厳しい視線でセリアを射すくめると、激しい口調でそう吐き捨てた。
「王妃様ーー!?何処におられます!?」
庭園の遠方より王妃の身を案じる兵士達の咆哮にも似た声がこちらへと向かって聞こえてくる。
その声に気が付いたシルサは、声のする方へと向かってあらん限りに声を張り上げる。
シルサ 「私はここです!早くこちらへ!」
王妃シルサは、遠方より駆けつけてくる衛兵達の姿を見つけると、セリアの事など気にもとめず兵達の方へと小走りで向かっていった。
セリア 「お母様・・・・・」
迷うことなく自分を置いて走り去っていくシルサの後ろ姿を、セリアが寂し気に見つめていると、不意に耳障りな音が耳朶を突いた。
はっとして頭上を見上げると、小型竜の魔物である『ドラゴン・フライ』がいつの間にか、庭園の上空を覆い尽さんばかりに群れを成して飛び回っていた。
「うぎゃああああああーーっっ!?」
セリアが悲痛な叫び声のあがった方を見やると、先ほど駆け付けた兵士達がドラゴンフライの吐きつけた炎の息吹に全身を焼かれ、火だるまになり地面を転げ回っていた。
まるで動物の肉を焦がしたような臭いが、炎気を含む生温い風に乗ってセリアの鼻腔にまで届く。
シルサ 「いやああああああーーっっ!!?」
シルサは燃え上がる兵士の姿を目の当たりすると、甲高く絶叫した後、膝を折って石畳に崩れ落ちる。
その途端、ドラゴンフライの羽音が微妙に変わった。
数体の炎の塊を作り出したことを誇るように宙空を飛翔していたドラゴンフライの群れが、クルックルッと不規則に回していた赤い二つ眼球をぴたりっ、と止めて新たに発見した獲物へと向ける。
眼下で蒼白の顔色を作る王妃シルサへと。
セリア 「危ない!?お母様!!」
その気配を察知したセリアは、シルサの元へ全力で駆け出すと、携えた杖を振りかざし魔力を込めて呪文を唱えた。
セリア 「大気にあまねく精霊よ!逆巻く力を!バギマ!」
セリアが呪文を唱えると、魔物達の中心に長大な竜巻が発生した。
激しい真空の渦は、ドラゴンフライの群れを手あたり次第に飲み込むと強烈な風圧によって体躯を引き千切っていく。やがて竜巻は、すべてのドラゴンフライを飲み込むと徐々にその勢いを弱めて消滅した。
地面には身体をバラバラに切り裂かれた魔物の死骸だけが残された。
シルサはその光景を身を震わせながら見つめていた。
シルサ 「ああ・・・・・」
セリア 「お母様!!お怪我はありませんか!?」
セリアは足早にシルサのもとへ駆け寄ると、助け起こそうとして白く細い両手を伸ばした。
しかしシルサは、その手を勢いよくたたき振り払った。
セリアの姿を映す紫色の双眸には、激しい憎悪の感情が宿っている。
シルサ 「お……など……、おま、など……」
セリア 「え……?」
シルサは声を震わせ何事かを繰り返しつぶやいている。
その消え入りそうな声を僅かに聞き取ったセリアは、自分の耳を疑わずにはいられなかった。
その言葉は、余りに低い声なので自分が聴き間違ったのだと思った。
瞬間、シルサの小さなつぶやきは大きな叫びへと変わる。
恐怖と怒りの感情をごちゃ混ぜにしてしぼり出したその叫びは、セリアの自身の耳が決して間違ってはいなかったことを告げた。
シルサ 「お前などっっ、生まれてこなければよかったのにっっ!!」
シルサの無慈悲な言葉は、セリアの胸の奥に鋭い刃物のように深く突き刺さった。
自分が母に嫌われていることは十分にわかっていたことではあったが、王妃の本心を告げるその言葉は、セリアの心を粉々に打ち砕いた。
セリアは、自分が立っているという感覚を失うほどに自らの意識をどこか彼方へと飛ばしてしまった。
セリアの思考を奪い去った当のシルサは、一段とすさまじい形相を作り彼女をにらみ続けた。
ブブブブブブッッ!!
不意に辺りに耳障りな羽音が響き渡った。
今まで死骸だと思われたドラゴンフライの一匹が突然起きあがると、大きな羽音を立てて見苦しくも羽ばたいた。
手負いのドラゴンフライは、ちぎれた尾から不気味な緑色の血液をまき散らしながら、ふらふらと宙へ舞い上がっていく。
傷ついた痛みからなのか、もがくようにして空を一頻り飛び回ると、何を思ったか、いや、そもそもその様な高度な思考など持ち合わせていないのであろうか。
庭園の一角にそびえる巨大な石柱に自らの身体を叩きつけだした。
ドラゴンフライは己を顧みることなく、執拗に何度も何度もその身を石柱へと打ち付ける。
強い衝撃を幾度も受けた石柱は、悲鳴でもあげるように幾重の罅を表層に走らせる。
衝撃に耐えかねた石柱は、ついには砕けると、ゆっくりと、しかし確実に、シルサの方へと向かって倒れだした。
シルサ 「ひっ!?いやあぁあああああああーーー!?」
落下する力にさらに拍車をかけた石柱は、勢いのままに倒れ込むと、恐怖で固まるシルサの身体を容赦なく押し潰した。
セリアは、シルサのその悲痛な断末魔によって、さまよっていた自らの意識をようやく身体へと呼び戻す。
生気の色を取り戻したセリアの瞳にまず映し出されたのは、戦火で染まる紅夜の彼方へ飛び去っていくドラゴンフライの姿だった。
宙を仰いでいた顎をゆっくりと下げ、今度は先ほどまでシルサが立っていた場所に視線を移す。
するとそこにはシルサの姿は無く、代わりに表面を所々破砕している石柱が一本横たわっているのが目に入った。
セリア 「お母様・・・・・?」
セリアは、シルサの姿を求めて、ゆっくりと石柱の方へと歩み寄った。
石柱のすぐ側までたどり着くと、セリアの顔がみるみる青ざめていった。
石柱の下から、シルサの細く美しい片腕のみが覗いていたからだ。
セリアの足元には、王妃の赤々とした鮮血がまるで水たまりのように広がっていた。
セリア 「どうして・・・どうしてこんなことに・・・嫌ーーーーぁぁぁぁ!!!!」
セリアは、赤々と燃え盛る庭園の中で一人泣きわめいた。
さきほどまで、美しさを競うように咲いていた花々は、魔物と城の兵士たちの戦いによって踏み荒らされ無残な姿をさらしていた。
セリア 「ああ・・・お母様・・・お母様!」
「ククク・・・ここにおったか王女よ」
我を忘れて泣きじゃくるセリアの背後から、何者かが声をかけた。
涙でまぶたを腫らした顔のまま振り返ると、そこには不気味な雰囲気を漂わせた男が立っていた。
セリア 「あなたは何者です!?」
ハーゴン 「ククク、我が名は、大神官ハーゴン」
男の名を聞いた途端、セリアの瞳に怒りの色が宿った。
その名は、このムーンブルクを襲撃した教団をまとめあげる大神官の名であったからだ。
セリア 「お前が・・・お前がお母様を・・・!そして我が国を・・・!!」
ハーゴン 「ハハハ、その通りだ。そして、お前の父親もな」
セリア 「なんですって!?」
ハーゴンと名乗った男は、セリアの足元に何かを放り投げた。
それは、こびりついた血や煤でうす汚れてはいたものの、紛れもなくファン一〇三世の頭を飾っていた王冠だった。
セリア 「そんな・・・お父様まで・・・?」
セリアは、愕然のあまり王冠の前に手をついて崩れ落ちた。
ハーゴン 「このワシが自らが手を下してやったのだ。光栄に思うがよい。そうそう、死ぬ間際に、何度もお前と王妃の名を呼んでおったわ。一国の王の最期にしては、なんとも惨めなものよの・・・ククク」
セリアは、震える両手で王冠を拾うと、慈しむようにそっと胸に抱えた。
その間もハーゴンは、王を罵倒しつづけた。
セリアにとって、ファン一〇三世は、優しい父親であると同時に、ムーンブルクを治める尊敬する王でもあった。
その父を侮蔑するハーゴンに対して、悲しみと憎しみとが同じくらいに湧きあがった。
セリア 「よくも・・・!お前は絶対に許さない!!」
セリアは、立ち上がって魔法の杖を振りかざすと、怒りにまかせて呪文を唱えた。
セリア 「大気の精霊よ!寄りて、我が力となれ!!イオナズン!!」
だが、セリアが思い描いたはずの爆発は起こらず、呪文の言葉だけが虚しくあたりに響いた。
ハーゴンは、その様子をいやらしい笑みを浮かべて眺めていた。
セリア 「どうしてなの!魔力が湧いてこない・・・!!」
ハーゴン 「ククク、無駄だ王女よ。お前の魔法は、我がマホトーンの呪文によって、すでに封じられておる」
セリア 「なんですって!」
ハーゴン 「お前の歳に似合わぬ魔法の才は、このワシの耳にも入っておるでのう。お前に声をかける前に魔力を封じさせてもらったのだ・・・クハハハハ!!」
セリア 「卑怯な・・・!」
ハーゴン 「ハハハ!褒め言葉と受け取っておこう」
魔法が使えないことを悟ったセリアは、杖を両手で強く握りしめると、ハーゴンへと向かって勢いよく飛びかかった。
ハーゴン 「ハハハ!その細腕で何が出来る!」
ハーゴンは、向かってくるセリアをせせら笑いを浮かべて待ち構えた。
しかし、セリアの杖先は、ハーゴンに届かなかった。
セリア「くっ・・・!」
禍々しい姿をした大きな怪物が突如、空より飛来し、手に持つ巨大な矛でセリアの杖を受け止めていたからだ。
ハーゴン 「遅かったではないか、ベリアルよ」
ベリアル 「申し訳ございません。騎士団の抵抗が思いのほか激しく、少々、手間取りましてございます」
ベリアルと名を呼ばれた魔物は、背中に巨大な翼を持ち、恐ろしく釣り上った目の上には、大きく鋭い双角が突き出ていた。
その姿はまるで、おとぎ話や物語などで聞かされる悪魔そのものといった風貌であった。
ベリアル 「ですが、ハーゴン様の秘術により蘇りし死者の軍団が、敵軍に襲いかかった途端に形成は逆転しましてございます」
ムーンブルクの聖光騎士団は、アレフガルド大陸の中でも、一、二を争う強さを誇る騎士団であった。
実際、ハーゴン軍の予期せぬ夜襲を受けながらも、聖光騎士団の獅子奮迅の働きもあってムーンブルク軍は徐々に優勢へと立ち直りつつあったのだ。
しかし、それもつかの間、ハーゴンが禁断の術を用いて墓場より無数の使者を蘇らせてけしかけると、圧倒的な数の死者の群れを前にして、たちまち、ムーンブルク軍は総崩れとなった。
墓場から甦った死者だけでなく、戦いによって命を落とした兵士も呪いの力によって蘇り、生きている者へと襲いかかるのだ。
兵士たちからしてみれば、先ほどまで生死を共にして戦っていた仲間が無残な姿に変わり果て、立ち向かってくるのだ。
いかに訓練された兵士や騎士とはいえ、正気を保っていられる者は、ごくわずかであっただろう。
死者との戦いで混乱したムーンブルク軍に、さらに追い打ちをかけるように、控えていたアトラス突撃隊とパズズ連隊が雪崩をうつように城下へと攻め込んできた。
魔物の大軍団と巨大な怪物の群れは、あっという間に城門を突破し、怒涛のごとく城下の街へと雪崩こんだ。
パズズ配下のグレムリンやベビルの大群が、空中を飛びながら火をつけて回ると、そのあとをアトラス配下のサイクロプスやギガンテスらの巨人族が容赦なく破壊していった。
城下の街は、一瞬にして火の海と化し、上空をまっ赤に焦がしていた。
逃げまどう街の人々は、女や子供であろうともおかまいなしに魔物に殺戮されていった。
そして今、王宮から激しい火の手が上がっているのが、セリアの目に映った。
セリアは、その様子を見ると愕然として、その場に座り込んでしまった。
ベリアル 「して、この娘、いかがいたしましょう?この場にて引き裂いてご覧にいれましょうか?」
ハーゴン 「馬鹿を申すなベリアル。この娘こそ、我らが求めしこの国の王女ぞ」
ベリアル 「ほう、ではこの娘が、セリア王女でありますか」
ハーゴン 「うむ、このムーンブルク王家は、聖なる戦士の血を引く一族の中でも最も強い光の力を受け継ぐ者たちよ」
ベリアル 「この娘ならば、我らが主、破壊の神シドーを魔界より呼び出すに相応しい生贄となることでしょう」
ハーゴン 「生贄とする前に、ローレシアとサマルトリアに対しての人質としても使えるであろう。なにせ、三国は同盟国であるのだからな。ククク」
ベリアル 「なるほど、そこまでお考えでしたか」
セリア 「そんな辱めを受けるくらいなら、死ぬことを選びます!」
自分の目の前で、卑劣なやりとりを聞かされたセリアは、二人を強く睨みつけて叫んだ。
ハーゴン 「そうはいかぬ。お前に死なれてしまっては、我が願いが叶わなくなるでな」
ハーゴンは、大きく両手を上げると、セリアへ向けて不気味な呪文を唱え始めた。
すると、セリアの身体を不気味な黒いもやのような物が覆い隠し、次の瞬間、セリアの姿は一匹の白い犬の姿へと変わってしまっていた。
ハーゴン 「クカカ!犬の姿となっても、なかなかに美しいではないか!王女よ!」
犬の姿となったセリアは、悔しさからか、ハーゴンに向かって激しく吠えだした。
ハーゴン「クク、そうなっては、自ら命を絶つことすら難しいであろう。我が神、シドーに命を捧げる時まで、その姿のままでいるがよいわ」
白い犬は、態勢を低く構えると、今度は強く唸ってみせた。
ハーゴン 「クク、しかし、お前も哀れな王女よ。誕生の日に父と母を失い、国を失い、そして、自分の姿まで失ったのだからな。さあ、ベリアルよ、王女を連れてまいれ。次は、ルビスを祀るあの忌々しい教会を滅ぼすのだ」
ベリアル 「ハッ」
ベリアルが、セリアを捕らえようと腕を伸ばした時のことだった。
突然、セリアの身体がまばゆいほどに輝いたかと思うと、強い光に包まれながら、ゆっくりと宙へ登っていった。
ハーゴン 「なにぃ」
ベリアル 「これは・・・」
「セリア・・・我が愛しい愛娘よ。せめて、お前だけは生きのびておくれ。これが父としてお前にしてやれる最後のことだ・・・」
どこからともなく、慈愛に満ち、それでいて、どこか悲しげな声が辺りに響きわたった。
セリアには、その声が父であるファン一〇三世のものだとすぐにわかった。
ハーゴン 「おのれ!逃しはせんぞ!」
宙に浮かんでいるセリアに向って、ベリアルとハーゴンは一斉に邪悪な魔法を放った。
しかし、魔法はセリアを包む光によって阻まれると、かき消えた。
「生きるのだ・・・たとえ、どのようなことがあっても・・・」
その言葉を聞いたセリアは、何度も悲しげな遠吠えを繰り返した。
それが、犬の姿へと変わり果てたセリアに許された唯一の悲しみの表わし方だったからだ。
その言葉を最後に声が途切れると、セリアを包む光はいっそう輝きを強め空の彼方へと飛び去っていった。
東の空には、いつのまにか顔を覗かせた朝日が輝きはじめていた。
つづく
ドラクエⅡにはお気に入りの楽曲が多いです。
この「LoveSong 探して」は、ファミコンですと「ふっかつのじゅもん」を入力の際に何度となく聴くことになるのですが、長い文字の入力もこのBGMが聴けるかと思うと不思議と苦にならなかったですw
ノートに書き写したじゅもんが間違っていた時の時間の喪失感は計り知れないものでしたが・・・w
ハマれば中毒性があるやもしれません。
自分は好きですw
「序幕」
今から、およそ二〇〇年ほど前ー。
勇者ロトの末裔アレフは、人々に恐怖と災厄を振り撒いた竜王を打ち倒して、アレフガルドに平和をもたらした。
その後、ラダトームの王女ローラと結ばれたアレフは、自分を慕ってついてきた国民たちを連れ、治めるべき新天地を求めてアレフガルドの外郭へと旅立った。
アレフは、長い航海の末に、外郭アレフガルド東部に未開の地を発見し、その地に自分達の理想を掲げた国、ローレシア王国を建国し、その年をローレシア歴元年と定めた。
しかし、ローレシアの北の地に広がるサマルトリアの森林地帯に大きな勢力を持っていた部族たちは、ローレシアの建国を快く思わなかった。
そのため、ローレシア北部の町や村では、度々、部族による略奪や侵略行為などが起こり、アレフの頭を悩ませた。
その後、王女ローラとの間に二男一女をもうけたアレフは、本格的に部族の討伐に乗り出した。
アレフは、いくさにおいて、相手方の補給を絶つ作戦や、部族の長、一人一人を説いて回り、味方につけていくことでローレシア軍を優位に導いていった。
その結果、味方にも敵にも、大きな被害を出させることなく、早くに戦いを終わらせた。
そのアレフの戦いぶりに驚嘆した部族たちは、当時、最も大きな力を持っていた族長の娘と、アレフの子を結婚させ、跡継ぎとし、ローレシアと共に歩みたいと願い出た。
アレフは、その申し出を快く受け入れ、ローレシア北方に勇猛なる部族たちの国、サマルトリア王国が誕生した。
さらに、二年後には、長女がロンダルキア北東部に位置する王国、ムーンブルクの王子に嫁ぎ、ローレシアとサマルトリアは、ムーンブルクと和親同盟を結んだ。
ムーンブルクは、ロンダルキア山頂にある精霊ルビスを祀る教会に、最も近くに位置する王国で、長い伝統と豊かな文化を持つ大国であった。
ローレシア歴四三年にアレフが、そして同四六年にローラが、高齢のために相次いで亡くなると、偉大な指導者を失った三国は、さらに結束を強めていった。
こうして、ローレシアとサマルトリアとムーンブルクの三国は、アレフ亡きあとも、姉妹国として、二〇〇年もの間、共に栄えてきたのであった。
だが、その平和な時代にも、徐々に不吉な陰りが迫っていた。
ムーンブルク王家では、今夜、王女セリアの十五回目の誕生祝いの舞踏会を控え、国中が祝賀の雰囲気に沸きかえっていた。
ムーンブルク王家は、今年、六十五歳となる国王ファン一〇三世によって治められていた。
王女の誕生日が来るのを他の誰より待ちわびていたのは、なにより、王自身であった。
まだ、いくらかの少女のあどけさを残しているとはいえ、美しく成長したひとり娘の王女を、目に入れても痛くないほど溺愛していたからだ。
高年になってやっと恵まれた王女だけに、無理もなかった。
それだけに王は、できるだけの贅を尽くして、十五回目の誕生日を祝ってやりたいと考えていたのだ。
だが、王は最近になって、深刻な問題を抱えていた。
その問題とは、ある日、国境の警備隊によって伝えられたよからぬ一報からはじまった。
ルビネル教会の周囲に、異教の神を崇めるハーゴン教団が徒党を組んで、ぞくぞくと集まってきているという知らせだった。
精霊ルビスを主神として祀るルビネル教会は、ルビスの信仰する人々にとっての象徴であり、聖域でもあった。
アレフガルドの王家や諸侯は、教会を守護するという名目のもとに各地に存在しており、教会の一番近くに位置するムーンブルクとしては、警戒を強めない訳にはいかなかった。
ハーゴン教団は、現在のアレフガルドの主教であるルビネル教会の教えを嫌う一人の男が、反ルビスを唱えて、十年ほど前に開いた教団だった。
男は、自らを大神官ハーゴンと名乗り、各地で活発な布教活動を行い、その勢力を急速に拡大しているという情報は、ムーンブルク城にもたらされていた。
はじめの内は、新しい宗教団の布教として、ルビネル教会や、ムーンブルクをはじめとする各地の諸侯も、さして大きな問題とはしていなかった。
しかし、ある噂が流れ出した時から、事態は一変したのである。
- 大神官ハーゴンは禍々しい契約によって、魔界の悪霊の神々と契約し、人々の生活を脅す各地の獣人の勢力とも通じている -
この不吉な噂は、瞬く間に、人々を不安におののかせた。
重臣たちの中には、舞踏会を取りやめ、身内だけで誕生の儀をとり行うべきだという者もいたが、王は可愛い愛娘の誕生の日を盛大に祝ってやりたいとの思いから、今夜の舞踏会を開くことにしたのだ。
この日、ムーンブルク地方は、うだるような激しい熱波に見舞われていた。
夜になっても気温が下がる気配がなく、じっとしていても玉のような汗がしたたり落ちてきた。
そんな夜でも、ムーンブルクの城下街では、王女の誕生の儀をまもなくに控え、暑さに負けないほどの熱気に包まれていた。
ムーンブルクの王女 セリア「このドレス、お父様とお母様は喜んでくれるかしら」
セリアは、今夜の舞踏会で披露する衣装を選んでいる最中だった。
姿見の前に立ったセリアは、その前で何度も身をひるがえしては、鏡に映った自分の姿を見つめなおした。
侍女「ええ、とてもお似合いですよ」
セリアの問いかけに、侍女は優しい微笑みを含んで答えた。
セリア 「では、これに決めます」
王女は、ドレスを決められたことに安心したのか、部屋の窓を開けると、視線を落として城下の様子を伺った。
すでに日が落ちた夜の街には、通りを照らす明かりがいつもより多く灯され、大広場では、大道芸人の仕草や妙技に驚き喜ぶ人々の声や、吟遊詩人の歌う祝福の歌や英雄譚で沸きかえっていた。
侍女「皆、セリア様の誕生の日を心から祝福しているのですわ」
セリア 「そうだと嬉しいな」
侍女の言葉に、セリアは軽く微笑むと、頬を赤くしてうつむいた。
侍女「そろそろ、大広間の方へ向かいませんと、皆がお待ちしております」
セリア 「わかりました」
両手を伸ばし、窓を閉じようとしたその時、突然、強く生暖かい風がセリアへと吹きつけた。
髪が乱れるほどの風の勢いに、セリアは一瞬、顔をそむけた。
吹きこんでいた風がやみ、窓の方へと向きなおると、そこには、目を疑いたくなるような光景が広がっていた。
とうに日は沈んだというのに、遠くに見える空が赤色に染まっているのだ。
その赤い色は、燃え盛る炎がムーンブルクの民家や木々を飲み込こむことで、作り出されていたものだった。
朱に染まる空の向こうには、黒い影のような物が数えきれないほど飛び交い、まるで鳥の群れのようにうごめいて見えた。
にぎわっていた大通りのほうへ目を移すと、恐怖に慌てふためきながら、逃げ惑う街の人々の姿が映った。
セリアは、目の前の光景をしばらく理解できずに、しばらく、ぼうっと見つめていた。
「セリア様!!いらっしゃいますか!!」
しばらくすると、大きな声と共に、扉をけたたましく叩く音が響いた。
セリアは、扉を叩く音に我に返ると、声のする方へと歩み寄った。
扉を開くと、息をきらした兵士が一人、セリアの目の前に立っていた。
セリア「これは、一体、何があったのですか!」
兵士 「大神官ハーゴンの軍勢が、魔界の眷属や幾多の怪物を引き連れて、我が国を強襲してきたのです!ロンダルキア方面より空からの奇襲を受け、我が軍は多大な被害を受けております!」
セリア 「そんな・・・なんということでしょう・・・。それでお父様とお母様は!?」
兵士 「魔物の一部は、すでに城の中に入り込んでおり、王は、数十名の聖騎士と共に、謁見の間におたてこもりになられました!」
セリア 「ああ・・・お父様!お父様!!」
王の危機を知らされたセリアは涙をこぼし、不安に身を震わせながらも、泣き声が漏れぬように、手で口を覆った。
兵士 「王より、セリア様を早く、謁見の間にお連れするようにと、仰せつかってまいりました」
セリア 「お母様は!?お母様も謁見の間に居られるのですか!?」
兵士 「いいえ、王妃様はまだ城内のどこかにおられると思います。ですが、王妃様の所には、別の者が使いに出されおりますから、きっと謁見の間にて、お会いすることができるでしょう」
このくらい時刻になると、王妃が庭園の花の手入れをしているのをセリアはよく見かけていた。
セリアは、そのことを思い出すと、じっとしてはいられなくなった。
部屋の片隅に置いてあった魔法の杖を手に取ると、扉の方へと向って歩き出した。
セリア「私にも多少の身の守りの心得があります。私もお母様を探しにいきます」
侍女 「そんな!それは危険です!どうか、謁見の間へお急ぎなさいますよう!」
兵士 「お戻りください!!セリア様ーー!!」
セリアは勢いよく駆け出すと、侍女や兵士のひきとめる声も半ばに、部屋を飛び出していった。
つづく

