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バンコクに着いてすぐにむかった。バックパッカーの聖地と言われるカオサンに。

さすが格安チケット。
中国経由でトランジットで5時間も待たせた挙句到着時間遅れやがっで。。もぅ夜中やん。
おかげでもうバスやってないっしょや。


ちーん。


なーんて思ってる人はたくさんぃるわけで、不安に感じちゃうわけで、自然と集まる日本人。ぁー素敵な文化です。

割勘でタクってカオサンへGO!!

わーい。

仕事ぶっちしてきたからテンション高すぎな勢いそのままできてしまったことが良かった。
今せり何もこわくない!!笑

カオサンに着いた時はすでに朝。?

宿はもったいないし、ねみーし、、きずいたら道で寝てますた。ゴキちゃんと一緒に。

起きたせりが最初に撮ったの写真です。





宿探し開始。
適当にあたって、お決まりの

Do you have available?

色々探し回ったけど、飛行機疲れが半端ないからいっちゃん安いとこに決めて、爆睡。



起きたら夜。
やべー朝と夜が逆転だぁ。
どぉしたものか。

ゲストハウスの談話室的なとこに行ってみた。

白人ばっか。

ぁー多分このゲストハウスは白人向けなのね。

まぁぃぃゃ。雑誌読んでたら、日本人のスネ夫が話しかけてきた。

ぁれ?日本人?珍しいね。
ここで日本人みたの始めてだょ。ぅんぅん。わかる!!君の気持ち。やっぱ海外にぃるんだし、外国文化と交流しなきゃね。海外に来てまで日本人宿泊まるとか考えられんよね。
ってペラペラしゃべっとった。

あらそうと感じで流してた。

むこうでカナダ人(?)がオセロやってたから混ぜてもらった笑

するとすかさずスネ夫登場!!

ぁれだけ外国文化交流を熱く語ってたくせに、


何何?

今なんて言ったの?
俺もぃぃって英語で言って!

でたー!!
せり程度の英語力のやつを通訳に使っちゃう日本男子。

そんくらい中学校で習ったべ?

まぁぃぃや白人ボーイもスネ夫完全無視だし、せりも無視してその夜は彼とオセロをして朝を迎えた。



時々行く日本人宿ほど楽しいのないと思うけどね。

異文化交流もぃぃけど、異国にいるからこその愛国心交流がどれだけテンションあがるか


スネ夫には一生わからなぃ。


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ケネディの墓

アメリカ横断中、日が落ち始めると寝る場所探しを始めた。

始めに、アムトラック(列車)のユニオンステーションが24時間営業か確認→グレイハウンズ(バス)の駅→野宿できそうな場所→ユースホステルとぃぅ順番にあたった。

その日はグレイハウンズの駅が24時間営業だったからそこであいてるベンチで休もうと探してたら、日本人の集団発見!!
i love japanなせりだからもちろん特攻!!

こんにちはー日本人ですよね?
仲間にいれてくださーい。

5、6人いたけどみんないい人で仲良しになった。
ただみんな大学生で、のりがそんなのりで若干とまどう。。

たった1人だけ不思議キャラくんがいた。
35リットルのバックパックのせりですら荷物少ないねーと言われるのに、不思議くんはミスドのポイントでもらえましたばりに小さくへこたれたリュックしか持ってなかった。

荷物少なすぎ!!むしろ中身何入ってるんすか?

貴重品袋とパンツとタオルとパスタだけだょ。

すげー軽量バックパック。

そんな彼と話がもりあがって、次の目的地はどこ?てなった。

俺らと一緒にナイアガラ行こう♪

自分はワシントンD.C.に行きたいんで遠慮します。ジョンFケネディの墓みたいんすよ。永遠の炎が灯ってるらしいんで。

ぇ?ジョンFケネディの墓行ったけど、ただの十字架に石盤だけで質素な感じだったょ。炎なんてなかったし。

、、、。


そんなこんなで、朝になってみんなはナイアガラへ、せりはD.C.にむかった。

不思議くんにルートをきいてたからすんなり行けた。

素敵なとこだけど、コンビニ的なものがなさすぎて苦しんだ。

貧乏旅行だからトレイルには乗らないでやっとこさ、無名戦士の墓にかこまれたケネディの墓発見!!


ぁれー?不思議くんの言うとおりやーん。十字架に石盤で質素やーん。
ケネディって書いてぁるからまちがいはないと思うねんけど、炎ないし。なんかがっかり↓↓

けどへこたれてたって仕方ねー。もっと上行こう

無名戦士の墓が見渡す限りに広がる景色はきれいなんだか、哀しいんだかわからない複雑な景色だった。

そんなことを思いながら上がってるとすぐそこに人だかりがあった。

そしてその中には永遠の炎があった。

ジョン・フィッツジェラルド・ケネディJohn Fitzgerald Kennedyって刻まれた石盤と一緒に。

見渡す景色はまぢ世界が広くて遠いって感じさせてくれた。


もぅ一度十字架に行ってよく確認するとそれは確かにケネディのだったけど、ジョンFケネディではなかった。


不思議くん。。

ケネディちがいだょ。

不思議くんは今まちがいにきずいてるのかな?今だにあれがケネディ大統領の墓だと思いこんでるのかな?

バックパックは軽すぎず、重すぎず。
訪れる土地に関することを勉強をしながら旅をするようになったのは不思議くんのおかげだゎ。








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お母さんに言われたから旅の思い出を忘れないうちに写真付きで少しづつ記録することにしましたー。



一枚目は名前忘れた15歳の少年。



モロッコに行ってラクダに乗りたいと思いおっさんについてったら、まぁとりあえず涼しいとこで休もうや。

と連れてかれたアクセサリー屋の息子。

彼の進めるアクセサリーは日本円千円程度で高くはないがその価値はあきらかにない。観光客にアクセサリー高値で買ってもらう魂胆だなー絶対買わない!

ただ、彼があんまりにもアクセサリーがどんなに素敵なものか語るから買う気はないが話をきいてた。

このアクセサリーはペアで男がこっち、女がこっち、男が危険な砂漠に行ってもいつも一緒って意味がある!

ロマンチックだろ?



とかまぁ色んな話をきかせてくれた。



私がぃぃね~でもいらない。って態度で通してたら、せりが首に巻いてるストールに目をつけてきた。



素敵だね。それどこで手にいれたの?



インド。(深緑が気にいって、バックパック中は必ず首に巻いてた。)



ちょうだい。



やだよ。思い出の品だし、インドじゃなきゃ手にはいらんし。



youのー?

君は必ずまたインドに行く。僕が保障する!けど、僕は絶対行かない。この町からでたことすらない。僕の父さんも、じいちゃんもそうだった。

もしくれるなら僕はそれを一生の宝物にする。



とか言うから困っちゃった。。



そしたらストールくれたらこのアクセサリー好きなの3つ全部で千円でいいからちょうだい。



と言われ、べつにアクセサリーはいらなかったけど、千円でアクセサリー買ってやった。

なぞにストールもあげた。



したら少年の父がターバンかしてくれた。



すんげー喜んで黒いターバンの上に緑のインドのストールを巻いて鏡をみて100パーセントの笑顔をみせてた。



せりはまた必ずインドに行ってストールを買う。彼が保証してくれたし笑





そのあとサハラ砂漠行って、ラクダをみて、スペインに戻る前にまたあのアクセサリー屋のある町に行った。



彼はいまだに頭でっかちにあのストールをつけてた。



髪洗ってるのかしら?



ターバンの下の髪が気になった。