大好きなんだけど絶対に愛してもらえない人

その人のおかげで10年前には鬱病になりました

消えてしまいたいとも思いました

その人が引っ越してもう見なくなったおかげでだいぶ気が楽になりました

鬱も楽になり毎日も充実した気がしました

その人がまた近くに引っ越してきました

久しぶりだから会おうかと言ってくれて会った時に

これから毎週会えるねというと

ごく自然に嫌な顔で顰めっ面をしてえ〜と言われました

ごくごく自然だったからよっぽど嫌なのでしょう

たまに会ってくれますが 

メールしてもたまにしか返事はくれません

なのでいっそのこともう一切連絡を切ろうとしたのですが

たまになぜか連絡がきます

会うとまた会いたくなります

別れる時もう会えないだろうなと思うとまた寂しくなります

毎日ずっとその人のことを考えています

もう頭がおかしいのだと思います

どうせ愛して貰えないのに

どうしたらいいのかな

 

2009年に鬱病になりました。病気になった理由はある人を好きになったからでした。愛してもらえない人を好きになったのが始まりでした。愛されていることを妄想し、愛されるために頑張って尽くしたらひょっとしたら愛されるかもしれないと本気で尽くしてしまいました。知り合いにはなれたけど愛されはしなかった。今思うと話もろくに聞いてもらえていなかったし、一緒にいたくもない感に満たされていた。それでもしがみついてなんとかして細い糸のような関係が途切れないように尽くしてしまいました。中島みゆきの化粧、ホームにて、かもめはかもめ、時代、という曲が身にしみます。

 

かもめはかもめくじゃくや鳩やましてやオンナにはなれない

馬鹿だね私愛してもらえると本気で思っていた

ふるさとへ向かう最終に乗れる人は急ぎなさいと

 

鬱病が改善されたのはその好きだった人が遠くの街へ越したからでした。近くにいると思うと会いたい、会えない、あってもらえないとまた陰鬱になるのですが、遠くにいると思うときは落ち着いて、何か晴れ晴れとした気持ちになれたのでした。年賀状は貰ったりたまにメールでやり取りはして、2回だけ会ったりもしました。それでいいと思っていたのですが、その人がまたこの街に越してきてしまった。1度会いました。また会ったりできると期待してしまいました。そして何気ない一言を言われ顔に冷水をかけられたような気持ちになりました。今また少しうつ気味。でも10年前よりは少し落ち着いて見れているかもしれません。自信はない。

 

私 これからまた会えるね。どっか行ったり

相手 え〜↓(嫌そうな顔で)

 

ああ、やっと気づけました。愛されているどころか友達でもなくただ利用されていただけなんだと。

バカだねわたし愛してもらえると本気で思っていた

 

しばらくmind wonderingが止まらない

これからどうしていったらいいのか

とりあえず美味しいシナモンロール食べて落ち着くしかない

 

メガネかけた丸顔のどこにでもいるような顔が好きだった。

今は似たような顔した人が嫌い。サッカーも嫌い。クラウンも嫌い。

早く忘れたい

 

 

こんばんわ。

好きな映画のサントラは何ですか?

僕はGood Morning Viet Namという映画で使われた、What a wonderful worldが大好きです。走る時もあの曲を聞きながら朝日に輝く空や霧がぼんやりとかかる山を見ながら走ると、本当に世界は素敵だなあと思います。主役のロビンウイリアムスも素敵でした。もう20年以上も前、車のカセットにいつもあのサントラが入っていました。あの頃の記憶がいまだに強烈に残っています。辛い日々だったけど、今思うと、幸せな日々だったのだと今は思います。

生きるのは辛いですね。

毎日大変な思いをして自分を生かしてきましたね。

いろんな人からいろんなことを言われて、嫌な思いをしたり、悲しい思いをしましたね。それでもあなたは頑張って生きてきましたよ。だから、もっと頑張ってなんて言えません。もう疲れている人にもっと頑張ってなんても言えませんね。だって今まで頑張って生きてきたのだもの。

 

がんばりましたよ。

 

でもまだ死なないでください。どうして?なんて聞かれても正しい答えは見つかりません。死ぬくらいなら、ぼやっとしているだけでも良いから、何もしなくてもいいから、ただいるだけでいいので、生きていてください。ほんと、生きるのは辛いですね。

 

でも大丈夫。天才じゃなくても、金持ちじゃなくても、見た目がイマイチでも、仕事がなくても、動けなくても。いいのですよ。あなたはただそこにいるだけで。

消えてしまいたい、死んでしまいたいと思った時にやってみて。

目を閉じて、「私は生きていても良い」と声に出して3回唱えます。
目を開いて、床から天井までゆっくりと見上げて行きます。床が0%で天井が100%です。
あなたが自分で生きていても良いと思った%で目を止めて今日は何%だったのかを記録します。
その値から5%あげられるようイメージして下さい。100になるまで寝る前に毎日やってみてください。


あなたが消えてしまいたいと思う理由はなんだとおもいますか?
あなたを罰する厳しいあなたがあなたの中にいるのです。あなたはその罰する厳しい貴方を追い出すイメージをしてください。

あなたを100%守ってくれる人を想像してください。あなたが頼りにしている人。好きなスーパーヒーローでも、ここでは五郎丸にしますか。想像ができたら五郎丸が、あなたを罰するあなたに対抗して、あなたの中から追い出すことをイメージしてください。五郎丸が守ってくれるというイメージでいいですよ。

自分を否定することをやめる練習をします。自分に聞いて、五郎丸が答えるイメージをしてください。

自分のせいじゃない? 答)違うよ。
生きていてもいい? 答)うん、いいよ。
変じゃない? 答)大丈夫、おかしくないよ、大好きだよ。


罰する自分が出てきたら対抗してみて。
こんにちは。2009年は死にたいピークでしたね。嘘のようですがあの時は本当にそれ以外は考えられなかったようです。あの苦しみと執着から解放されるまでたくさんの時間と費用がかかりました。今思うとバカバカしいくらいですが当時は大変な毎日でした。

あれから数年経ち、今はそこまで死にたいと連続的には思わなくなりました。ですが死への誘惑が完全に消えたわけでありません。死んだほうが楽だろうと思う時もたまにあります。どうして生きているのかとか、どうして生まれたのだとかまでまたまた思ったりする時もあります。ただそう思う回数は減りました。誰しもどうせいつか死ぬのだしね。

今は信じられないかもしれません。何を見ても聞いても、誰の話を聞いても信じられないと思います。そのままその状態でありたいのか(そのまま苦しみ続けたいことはないはずですね)、解放されたいのか。解放されたいのであれば考え方を変えるしかありません。信じられないとおもいますが、すべての物事は変わり続けています。それは事実です。ずっと同じ、永遠はありません。09:30の自分と09:31分の自分は細胞的にも変わっています。10分後、1時間後、1日後、と時間も変わり続けていきます。でもなんとかして解放されたくて運命に逆らってみたりすることもあるかもしれません。それでも変えられない時は、そのまま運命に身を委ねてなるようになると思ってみるのもオプションです。実際に自然に抗っても何もならないことに気づけば自分の無力さを感じるだけでしょう。頑張ってももがいてもダメな時はあります。60歳の人が20歳には戻れないし、人間が猫にはなれないでしょ。ただ、時の流れに身を任せる。自分の存在を感じる。受け入れる。別にいいのですよ。他人がどういう存在でも。他人に何かを言われたりしても、あなたはあなたなのだからそれで良いのです。仕方が無いという言葉もありますね。あなたは生きる価値が有り生きる意味があったから生まれてきたのですよ。神様はいません。魔法もおまじないもありません。それに気づいた時あなたは孤独を感じてしまうかもしれません。でもあなたには貴方がいます。自分を愛せるのは貴方だけです。大丈夫。嫌なら避ける。逃げる。遠くへ行く。なんでも良いのです。あなたを生かし続けることができることはなんでもしてあげてください。そして気づきますよ。あ~そうだったんだって。