Moon Lore スピリチュアルヒーリング -17ページ目
私が瞑想を始めたのはかれこれ10年前、オーストラリア滞在中のことです。

そこでは休日にはよくビーチで読書などをして、のんびり過ごしていました。
その日もいつものようにビーチでくつろいでいたら、ビーチにいた1人の女性に「あなたはヒーラーですか?」と突然声をかけられました。彼女には透視能力があり、私にヒーリングの能力を感じとられたようでした。
でも私は、ヒーラーという言葉すら聞いたことがなく、訝しく思いながら「いいえ」と答えました。
するとその女性は、「あなたは悲しいの? 亡くなったあなたの家族が、あなたが悲しんでいるから悲しく思っている」と伝えてくれました。
その言葉で、その女性を訝しく思っていた気持ちがいっぺんに吹き飛んでしまいました。

きっとそれは、数年前に亡くなった父に違いないと思ったからです。
(父を亡くしてから随分時間も経っていたので、日々の生活はすっかり元通りになっていましたし、良い友人に囲まれ笑いに包まれて過ごす日々をとても楽しく感じていました。
でもその反面、片付かない悲しみはどんどん積み重なるようで、父がいてもいなくても変わりなく流れていく時間を思うと、ポロっと涙がこぼれたりするんです。
今思い返すと、まだまだ心の整理がついていなかったんですね💧)

彼女の言葉を聞いた途端、胸の奥の奥にしまいこんでいた悲しみが堰を切ったように溢れ出し、人前なのに(それも初対面なのに)ボロボロ涙が止まらず、自分でも驚いてしまいました。
同時にハートがパーっと開いた感覚があり、父の思いが私の心を満たしてくれたようにも感じました。

その後その女性から、「あなたも瞑想を始めたらお父さんが見えるようになるわよ」と言われました。
心残りが山のようにあったし、(何としても、もう一度父に会いたい!)、そう思いました。

それが私が瞑想を始めたきっかけです。なんだか動機は…。
海には大きな癒しのパワーがあります。
私は、海を眺めているだけで心が癒されます。
波の音を聴きながら、潮風にあたっていると、心が安らぎ、気づいたら抱えていた悩みや心のモヤモヤなどもなくなっていたりします。
海の癒しを受けた後は、なぜあのようなことでクヨクヨしていたのだろうとか、なぜあんなに腹を立てていたのだろうと思うことがよくあります。

それに、海で泳いでいると子どもの頃の純粋さを取り戻し、無邪気になるなんてこともありませんか?これもまた海の不思議なパワーですよね。

私はよく早朝や夕暮れ時に海辺へ行き、しばらく砂浜を裸足でゆっくり散歩した後で、波の音を聴き、潮の香りを感じながら瞑想していました。
自然の中での瞑想は、建物の中で瞑想するよりも深い瞑想に入ることができるのです。

私のオーストラリアに住む友人はヨガを教えているのですが、生徒さんとビーチでヨガをやることがあるそうです。ヨガの効果も高まりそうですよね。

また海水はアトピーの肌に良いと言われていますし、砂浜を裸足で歩くと血圧が下がるとも言われています。
海には未知なるパワーが溢れています。

今の季節だと夏の日差しで日中は暑過ぎるでしょうが、朝や夕暮れ時ならば心地よく散歩もできることでしょう。たまには海辺でのんびり過ごしてみるのもいいかもしれません。
先日、私の知り合いが、不思議なことがあったとこんな出来事を教えてくれました。

朝、洗面所のタオルを替えたところ、新しく替えたタオルに縫い針が1本刺さっていたというのです。
家族は夫と子どもだけだし、タオルに縫い針を仕込むなんて到底考えられないと言います。
朝から不思議で不思議でたまらなかったけれど、その縫い針を見ていよいよ重い腰を上げたそうです。

何のことかと言いますと、、、子どもの幼稚園での係の仕事を片付ける、ということでした。作品の提出日が数日後に迫っていたにも関わらず、お裁縫が面倒で先送りにしていたのだそうです。だけど、この出来事で観念したとのことでした。

「こんな考えられないようなことがあるってことは『お裁縫をやりなさい、間に合わないよ』って誰かが言っているに違いない」、というのがその方の持論です。

このようにちょっと不思議なことって日常では時々ありますよね。
置いていたはずのものがなくなったり、あれ?こんな所に置いていたっけ、などという経験。
もちろん、うっかりということもありますが、目には見えない存在(スピリット)が持って行ったりすることもあるのだそうです。
このようなスピリットによる物品の移動を“アポート”といいます。

私も以前、お気に入りのルチルクォーツのネックレスをなくしたことがあります。
毎日のように身につけ、夜は所定の場所にしまっていたのですが、朝気づいたらなくなっていて、あちこち探したけど見つかりませんでした。
これもきっとアポートだったに違いないと思っています。

お願いしたら戻ってきたりもするとのことですが、私のネックレスはまだ戻ってきていません。。。
もしかしたらスピリットがこのネックレスを必要としている人に届けたのかもしれない、と言い聞かせ、いつか戻ってきて欲しいと願いつつ、仕方ないとも思っています。
私は自宅で誕生しました。
当時、地元には産婆さん(今でいう助産師さん)がいたので、私の町では病院ではなく自宅で出産される方も多かったようです。


私が4,5才くらいの頃のことでした。
父に手を引かれ散歩していたところ、1人の女性が私たちの方に歩いて来られました。
父は、その女性が私を取り上げてくれた産婆さんであることを教えてくれました。

父と産婆さんは互いに挨拶を交わし、産婆さんは私にも優しく「大きくなったね」と声をかけて下さいました。
しかし顔を見た瞬間(このおばさん嫌い)と思い、私は父の背中に隠れてしまいました。
その方は笑顔が素敵で見るからに親切そうな方だったのですが…。

その後も何度かその産婆さんをお見かけすることがありましたが、やはり「嫌い」という感情が芽生えるのです。
幼いながらもなぜあの産婆さんのことを嫌っているのか自分でも不思議でなりませんでした。


これは私の幼少期の記憶です。胎話師さんとお会いしてからこのエピソードを思い出し、どうして嫌いだったのかなぁと気にかかるようになりました。


ですが、ある日の瞑想中、産まれた頃の記憶が蘇ってきたのです。
瞑想を始めてしばらくすると自分が産まれてすぐの様子が見えてきました。
部屋に引かれたカーテンが見え、産婆さんたちの話し声が聞こえてきます。

私は2階の部屋で産まれ、1階に降りて産湯に入れられたようでした。
この時私は、抱き上げてくれた産婆さんが私を落としはしないだろうか、大丈夫かな…という強い恐怖心を抱いてしまったようでした。

吊り秤で体重を測られたことや、飲みたくないなぁと思いつつおっぱいを飲まされたこと…。
様々な出来事や感情を思い出しました。


瞑想を終え、この時落とされやしないかと感じた強い恐怖が「産婆さん嫌い!」に繋がったのではないかなぁと感じ、過去の記憶の謎が解けたようでスッキリしました。


産まれたばかりの私は体調が思わしくなく、出生後3日で入院してしまったのですが、(お母さんと離れたくない、どこに連れていかれるの?)と焦ったり、(お腹の中は快適だったなぁ。こんなことならお腹の中にいればよかったな、でもいつまでもお腹の中にはいられないしな)と途方に暮れたことなども一緒に思い出しました。


胎話師さんがお話しされたように、赤ちゃんだって焦ったり、途方に暮れたりするのです。
そう実感したある日の瞑想でした。

(胎話師さんについては「赤ちゃんの不思議」をご覧ください)
以前、胎児(お腹の中にいる赤ちゃん)と対話できるという方にお会いしたことがあります。

その方は胎児と対話されることから、ご自分のことを「胎話師」と仰られていました。
産まれたばかりでまだ言葉が話せない赤ちゃんとも対話したり、また、透視能力もお持ちなので、過去や過去世もみることができるとのことでした。
世の中には様々な能力をもった方がいらっしゃるのですね。

その胎話師さんによると、赤ちゃんはいつもお母さんのお腹の中から外の世界を見たり、話を聞いたりしているとのこと。そしてお母さんの心も読んでいるとのことでした。赤ちゃんってスゴイ能力を持っているようです。

だから、お母さんがどちらの性の赤ちゃんを希望しているか(男の子がいいとか女の子がいいとか)も分かっているらしく、もし希望と逆の性である場合、エコー検査の時、性別を知られないように体の向きを変えることもあるのだとか。

妊娠を経験された方は頷かれるかもしれませんが、妊娠中に食べ物の好みや趣味までも変わることがあるそうです。それは、お母さんが赤ちゃんの好みを感じとっているからだとのこと。ですから、妊娠する度に好みが変化するって仰られる方もいらっしゃるかもしれませんね。

あるお母さんは妊娠中、それまで全く興味がなかったロックミュージックを無性に聴きたくなり、聴くと気持ちが落ち着いていたそうです。しかし出産をされてからは、ロックを聴きたいとは思わなくなったのだそうです。
胎話師さんによると、その赤ちゃんの過去世はロックミュージシャンだったとのことです。その子のお母さんも腑に落ちたかもしれません。
私は、そんなこともあるのだなぁとすごく興味深くお話を伺いました。

赤ちゃんは、お腹の中で色々なことを感じ、思いながらこの世界で生きていく為の準備をしているのでしょうね。産まれる直前になると産まれることに不安を抱えナーバスになる赤ちゃんが多いとのことです。
私たちもそのように感じながらこの世界に誕生したのでしょうか?