娘の中学校でPTAの役を受けていたことは前にも話しました。
早いもので、今日の総会で大方の仕事を終えることになります。
学校のことなど、運動会ですら妻任せの私が
何の間違いかPTAで人前に立つようになり
30年ぶりの中学校に何度も通うことになりました。
今、こうして1年間の活動を終えるにあたっての正直な思いは
「幸運にも良い機会に恵まれた」です。
私は仕事の上では社員さんに
「責任の重さは幸せの重さに等しい」などと偉そうにぶちながら
仕事の忙しさを理由に
仕事以外の責任に背を向けてきたのかも知れません。
この役を仰せつかったのは、取引先のI社長の
半ば引継ぎのような受諾要請だったので
私にとっては仕事の延長のようなスタートでした。
でも今は、30年ぶりの学校に
「そろそろおいで」と呼ばれたような気にさえなっています。
板敷きの廊下をギシギシと歩き
今も変わらぬ学校目標の意味深さを感じ
少年時代には気にも留めなかったであろう掲示物の
真っ直ぐなメッセージにグサリと胸を突かれ
先輩や後輩の多くとも再会を果たしました。
校長先生の話にメモを走らせることも多く
思春期への理解を求める話には
「これは子供に限らない。人はいつだって、与えられた価値観を疑い
自身のものとするのには時間が必要なのだ」とも感じています。
どのような取り組みであれ、自身が主体性を発揮することになれば
誰をも引き込むドラマを生みます。
私はそんなドラマを確かにそこかしこに見続けてきたのです。
仕事以上の多くの出会い、多くの物語に接し気づく瞬間の連続
私にとってこの1年は、まさに宝の1年と言えるのです。