Sera's Diary

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ときどき絵日記Ⅱ 

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BBC製作 Desperate Romantics 

邦題「SEXとアートと美しき男たち」全六話

 

trailer見つけましたけど、何か本編の雰囲気はナッシングな気がw

左からジョン・ミレイ(サミュエル・バーネット) ダンテ・ゲイブリル・ロセッティ(エイダン・ターナー) ウィリアム・ハント(レイフ・スポール) フレッド・ウォルターズ(サム・クレイン)

 

主役のエイダン・ターナー目当てで見ました♪

19世紀イギリスの実在した芸術家たちの生きざまを描いたドラマ。事実に則った物語的なメッセージが流れるのですが、かなり大胆な演出もあるようなのでどこまで史実なのかはちょっとわからないです(笑)。でも、主役の人間関係やリジーの悲劇は本当にあったことのようですね( ;∀;)。テーマは割に重いんですが、コミカルなシーンも多く、さらっと見れて、とても面白いドラマでした。

 

 

 

<あらすじ>

ヴィクトリア王朝時代、ロイヤルアカデミー付属美術学校の学生だったダンテ・ゲイブリル・ロセッティ、ウィリアム・ホルマン・ハント、ジョン・ミレイは「ラファエル前派」(ドラマの中では「ラファエロ以前兄弟団」)を立ち上げる。それは当時の芸術界の主流”古典派”に反抗するもので、波紋を呼ぶことに。派を立ちあげたことでロイヤルアカデミーから破門のような扱いを受け、三人はモデルを見つけて新しい芸術を作ろうとする。当時は絵画のモデルになることは、娼婦も同然と思われていたので難航するが、ジャーナリストで三人の友人であるフレッド・ウォルターズの協力で、お針子として働いていたリジー・シダルが説得に応じ、三人のモデルとなることを承知してくれる。ロセッティ、ハント、ミレイはそれぞれ作品の制作に没頭する。そのうちリジーはロセッティと恋仲になるが……

 

モデルになったリジー・シダル(エイミー・マンソン)

 

実際に、リジーをモデルにして製作されたもの

ジョン・エヴェレット・ミレイ 1851-1852 「オフィーリア」

 

そこで邦題に私は笑い出しそうにもなるのですが、いや、イギリスのドラマだけあって(?)女優さん脱ぎっぷりが半端なくてw。タイトル通りにその手のシーンも出てきますから、お子様は近づかないようにという意味も込められているのかもしれません(笑)。

 

ロセッティとリジーが暮らすアトリエ兼家。光と緑がキレイ♪ 評論家でありパトロンであるラスキン氏はトム・ホランダー。おひげのせいで見つけるのに少し時間かかりました(笑)。

 

真面目な話、創作意欲というか、何かを表現したいと思う刺激をくれるのは彼らにしてみると「性的刺激」に似たものであり、好ましいものでもあり、美しいものであり……。ドラマの中で「肉欲に負けるな」なんてセリフもあって、肉欲も含んでるんだろうけど、そういうものだけでもないかも、と思いながら見てました。特にロセッティにしてみると。

てか、芸術家とインスピレーションを与えるミューズ的な女性の話は結構前からよく聞きますよね。このあたりうまく表現できないけど、何となくロセッティの気持ちが、わかるような、わからないようなw。正直彼の行動はとてもほめたものじゃないですし、リジーに対する行動はひどいものです。

でも、特にこの時代はキリスト教的な規律とか厳しかったから、なんでもひとくくりに「肉欲」になっちゃうような気もします。

 

↑ロセッティが描いた作品の一つ(他美術ブログ様から頂いてきました)。

古典主義の絵は写実的なんですが、こちらはすごくやわらかい色彩ですよね。

彼の作品はこういうのばっかりじゃないんですけど、やっぱりロセッティ(それにダンテ兄さんも)ロマンティックな美を求める人だったのかなー、なんて思います。

 

ジェーンをモデルにした「プロセルピナ」1866-1868年 ロセッティ

 

ドラマの話が進むごとに、ロセッティとリジーの関係も深く描かれていくのですが、しかしまあ…( ;∀;)。ネタバレになるといけないので深くは書けないけど。

ミスター・ロセッティには、「あんた最低w」て言いたいですねw。やってるのがエイダン・ターナーというイケメンなので、もうそりゃもう魅力的でもあるんですけどね"(-""-)"。

まあ、芸術家なだけあって、やっぱり「人を愛することができない」んだろうなあ。好きだという気持ちは彼自身持っているし、自覚もできるんだろうけれど、いかんせん、相手を大事にすることができないんだよねー。まずは自分大事、芸術大事だから。

だからきれいな女の子はエイダンに…ああいや、ロセッティに近づいてはいけません、と思いますた。

 

でも、ハントとかにしても相手を大事にできるかっていうのは疑問なのよね。このドラマは芸術家(男)、そのモデルである女の関係をテーマにしているだけでなくて、普遍的な男女の関係をも示唆しているような気もがします。

オフィーリアを描いたミレイは、やがて得た伴侶と幸せな家庭を築けたようですけど。ハントは娼婦であるアニーにモデルをしてもらうにつれ、だんだん惹かれていきます。彼とアニーの関係も見てて結構面白くて(かわいい感じもあったしw)好きだったんですが、結局この二人の関係もうまくいかず。

ハントはアニーのはすっぱぶり(古語?)が気に入らず、淑女として教育して、婚約と結婚寸前までいくんですけど、結局アニーをまるごと許容することができなかった、ていえばいいのかなあ。その根底にあるのは、キリスト教におけるあれかな、「女は男のあばら骨から作られた」ってのが関係しているせいもあるんだろうか、なんて思っちゃいました。

まあ、アニーにしてももともとは娼婦だったわけで、ハントが躊躇う理由もわからなくはないのだけど。

 

ハントとアニー(ジェニー・ジャック)

アニーもハントに向かって「女を何だと思ってるのよ」って言ってたなあ。

 

でも、面白いドラマでした~。コメディ的なノリもあるし、制作してるシーンも面白かったですしw。ロングコートを翻しながら歩くダンテ兄さんがカッコよかったです(*´ω`*)。

この作品の中のエイダンはとある私の好きなキャラを体現しているように思えて見たくて仕方なかったんですが、外見だけは間違いなくそうでした♪

後は表情とかね、ちょっとした視線の配り方とか。色々参考になりますw。

 

 

四人そろってるシーンは基本楽しいw。

 

……最後は悲劇的シーンもあるんだけどね(;´∀`)。

しかしあのあと、ダンテ兄さんどうすんだろね。ジェーンはウィリアム・モリスの奥さんになるし。あとファニー。実はファニー・コンフォースていう女性が実際にいたそうで、彼女もモデルを務め、ロセッティが発病した際長く看病してくれたそうです。

 

作中、リジーが画才を見出されてる箇所もあって、これは演出?と思ったのですが、英語のウィキを見てみるとこれもおおむね事実のようです。ラスキン氏の支援を受けたかどうかまでは未確認ですが。。

リジーのことはホント悲しかったなあ。あの時代でなく、現代だったらわりあい簡単にダンテと別れる決心もできただろうに、なんて考えてしまいました。

 

 

インタビューにて、ロセッティについて「自己中心的(悪い人間じゃないけど)」とおっさってるのを聞いて、ちょっとほっとした(*´ω`*)。でも撮影中はかなり楽しかったともおっしゃってて、何となく見てる側も嬉しいですね。まあ、あのシーンが、のようだけどww。

 

エイダン、今後も活躍してくれますよーにw。

 

 

 

 

最近の大好きな曲↑

 

最近ちと脳がオーバーヒート気味で、少し整理するために書いておこうと思います。

 夫が死去して3年ぐらいがたちました。私自身、まだ少々迷いや不安はあるものの、とりあえず経済的に安定して生活できているし(将来の不安がないわけではないのですがw)、趣味も満喫しているし、平穏な時間を過ごせているかなと思います。

 一人で家にいる事にも慣れました。まあ慣れてしまえば、ホントお気楽なものです(笑)。ああしろ、こうしろっていう人もいないし、好きなようにできるからね。

 

 ……でも、ちょっとした隙に、寂しさとか孤独とかっていうものは、やっぱくるものなんだな。

 この三年以内、ほとんど夫の夢を見ることがなかったのに、最近は立て続けに見たり。といっても、自分の過去覚えている彼を勝手に再生してみてるだけのような感じなんですけどね。亡くなったと言う事は認識してて、あれどうしてそこにいるの? とか、冷たくなってる彼の手足を必死にさすったりしてるみたいな感じでした(笑)。  

 いや、そういう夢じゃなくて、もっとこー、現在進行形の幸せな逢瀬的な夢見たいんですけどねえ。

 どーよ、何で出てきてくれないのよ、(夫)君w。

 

 それで、一人て気楽だからいいんだけど、寂しさ切なさみたいなものはどうやったら解消できるのかな、とぼんやり考えます。

 私の場合、寂しさとかが募るとどうしても他人に頼ったり、人間関係に過剰に期待してしまう、そんなように思います。その結果、うまくいかなくなっちゃうのよね。不満や欲求を抱えているのは自分なのに、被害妄想的に考えてしまったり。

 嫌われるのが怖くてNoといえないとか、相手に合わせすぎてしまうとかね。(このあたり日本人としてよくある性質であるようですが、私も日本人だったんだなあとわけのわからない感慨にふけって見たりw)。

 

 それからちょっと深刻な種としては、親しい友達は何人かいますが、死別したのは私だけなので、話をしている時、やっぱり羨ましくなっちゃったりとかね。あまり意識しないようにしてるけど、やっぱり旦那さんが生きてて、仲睦まじいエピを聞いたりするのはホント羨ましくなります。

 

 

 これはあかんな、と思って色々ネットで見て見たら、認知行動セルフ・カウンセリングがテーマのブログ様にたどり着いて(多分本職の方が書かれていると思いますが)、色々ページを読ませてもらって、ほっとしました。

 一つは職場でちょっとストレス抱えていると言う事。それから、少し人間関係で息が詰まりそうなことが、やっぱりそういう精神状態になる原因だといえるのかな。

 私自身、真面目といえるのかどうかよくわからないけれど、他のヒトからは良く言われます。確かに、「良い人になろう」「周囲に嫌われたくない」「争いたくない」、そういう意識を持っていますね。

 会話できる時があれば楽しくなりたいから、なるべくその場にあったこと言いたいし(空気読めてないからうまくいかないことも多々あり…w)

 

 でも、やっぱりこういう強制観念的に抱えていると、よくないというのか、それとも寂しさをきちんと消化できていないところにそういうのを抱え込むのがいけないというのか。

 ともかく、最近、がんじがらめになってたなあ、と思いました。一人であるから用心する癖がついたとも言えるかな。一人できちんとしなくちゃ、頑張らなくちゃみたいなね、そういう精神というか。

 正直私ってコンプレックスの塊だしね、あちこち欠点ばっかりあって、自分が未熟な人間に思えるのです。別拙サイトで別拙作にお米を頂いた時、「素敵な女性なんでしょうねえ」なんて言っていただいた時もありましたけど、いや、うん、大した人間じゃないよとこれはホント思うw。

 

 そのブログには「自分をいとわなければならない」と書いてあって、

すとんとそれが納得できた気がしました。 「自分を大切にしなくてはいけない」ってよく言いますけど、それってそのまんま自分を受け入れることなんでしょうね。醜い感情ひっくるめて。自己肯定です。

 でも、うーん、これ難しいのよねえ。前はそれなりに自分に自信持ってたんだけどなー。

 後はまあ、嫌われてもいいや、嫌な人だと思われてもいいやぐらいに思うことかな、私の場合(笑)。……私を知っている人が見れば、そんなタイプじゃないでしょと言われそうですがww

 

 夫がいないこと、まだきちんと消化できていないのかなあ。てか、やっぱこれはなかなか、ムリだなあ。

 ここでのろけてしまいますが、えーと、そんなにイケメンじゃなかったし小柄だったけど(私にはイケメンでしたけどねw)、ホント素敵な人でした(笑)。心が広くて、強くて、優しくて。体育系とかじゃない意味で、「男らしい」人でした。生活面ではいろいろ気遣ってくれる人でもありました。

 凸凹コンビで(まさしく外見はそうだったねw)、彼はアウトドア、私はインドアっていう感じで共通の趣味は映画という状態でスタートしたんだけど、色々新しい世界を体験させてくれました。結婚するからには共同生活を長く送ることになるから、好きなことよりも嫌いなことが一致している方がいいとも言いますね。全くその通り、で夫とは嫌いなことも一致してました。

結婚してたのは12年間、小さな不満がなかったわけじゃないけれども、それは私が私自身に抱いているものだったし、幸せな時間でした。

 

 でもまあ、もう別れ別れになっちゃったから、しょうがないよね……。

 とりあえず、文字の中で頑張って幸せな世界を再現する趣味をがんばろうかなあ。何か読んでくれる人の心に残るような作品が残せたら。そうできたらいいなと思います。

 

 

 

 
▼わたしの恋愛力腕試しの結果は・・・
 
 
 
\あなたの"恋愛力"はどのくらい?/
 
当たっているよーな、そうでもないよーな(笑)。
複雑というか、めんどくさい性格なのは自覚ありますw。(ピグとも、お付き合いして下さる皆様、ほんとありがとうございます(;´・ω・))
 
「適度の距離を保ちながら」って、それって恋愛と言えるのかどうなのよっていう気もする。
でも、たしかに距離がある方がいいんだろうなあ、あたし。