良いとか悪いではなく

対峙するテーマがあると 

朝方、覚醒したように目が覚めるので

さぁやるぞ

と起床しソファに座ります。


訳もなく涙が溢れ

潜在意識の感情解放が続き

対峙すると「恨み、憎しみ」がありました。

想念の塊です。

その奥は「分かって欲しい」でした。


苦しさや

そんなつもりではなかったんだ

と理解して欲しいのに分かってくれない

察してくれたんじゃないの?

なんで?

どうして?

と恐怖心と抑圧した感情が訴えるので

良いとか悪いではなく

そんな想いがあるのだと

受け取る

ただ受け入れます。


エゴをただ受け入れていたとき

物部神社の御神墓が現れ

ただ委ねていると

神体山の空気感と一体になったような

心地よい時間が流れました。


これが「許し」であり

「愛」なんだと感じました。


この感覚を知ってても

高次の存在に繋がる時間が

日常ではほとんど無く

日常で自分がどうありたいか

実践してないから

実にならないのだと思いました。


だから日常ではエゴに負けていたり

頑張りすぎたり

疲弊しているのではないか

ふと、思いました。


行動するとき

思考優先のとき

仕事をするとき

嫌味をいう人と関わるとき

心を閉ざしている人がいるとき


相手に対する

自分の感じ方を見つめる

そして感情を受け入れる

ただあると。


魂に意識を向けて

自然と一体になる感覚を感じ

許し

愛で溶かす

良い悪いではなく

エゴも想念も自然に委ねます。


「愛であることを思い出しなさい」


と言継ぎが降りました。

高次元の存在は

どんな人も

どんな感情も

「ただある」

と認めてくださっているそうです。



最後まで読んでくださり、ありがとうございました。