​現実化してました

やっぱりそうだった

なんで私は出来ないのだろう

って結果を振り返って思うことが多いのですが

これって自分に暗示をかけてるんじゃないかと

今日思ったんです。


二人の私について見つめたり

思考を外す練習したり(簡単ではないけど)

グラウディングしたりすると

頭の中に余白(余裕)が出来たのだと思います。


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思い込みだったり

年月をかけて無意識に暗示をかけていた

影響もあって

出来ない経験やブロックをかけて

わざわざ選択し

経験しているのではないかと。


「経験したくて望んでいる」と第三者の話を例え話として知人から聞いて知っていたし

映写機(私)、フィルム(感情)、映画(現実)の例えも知っていたのに…

他人事だったのだと気付きました。


あります、きっとたくさん

常識だからとか

いろんな言い訳する私がいますが

望んでたのだと。

苦しいとか悲しみを

望んでないと言いたい私もいますが、

過去の結果を見ると

望んだとしか思えない現実があります。


意識や思い込み

暗示で

物質化、現実化しているんです。


嫌ならやめたらいいのです。


暗示や思い込みは

何なのか

知っていくことから始めてみます。

何があるのか知って

言語化して

手放しが出来るのです。


私の影と一つ一つ向き合うことで

影を溶かし

影を光に転換する一つの方法です。


私の無限の可能性を信じて


最後まで読んでくださり、ありがとうございました。