1972年
大ヒットした曲
歌うのは平 浩二 さん
年を取ることに
こういう歌がジンとくるようになりました。
福岡
ある人に魚を一匹与えれば、その人は一日食える。
魚の取り方を教えれば、その人は一生を通して食える。
老子(思想家)
目先の結果、利益だけを考えずに、長期的な視点でも物事を見ていこう。
一回限りのことではなく、やり方を覚え、仕組みをつくれば、
継続できるし応用できるようになる。
そのときは大変でも、長期的に考えたときの差は大きい。
長期的な視点で、いまどんなことに取り組んでいますか?
こんな問いかけに答えられるのが、私のいる会社です。
大変です!
くじけそうには私はなりませんが、力(ちから)が要ります。
しかし、将来性の高さや安定感、成長力は群を抜く高さにあり、社員も優秀です。
しかも楽しそうだから、皆様が見たら驚くかもしれません。
とっても有名な歌
『ラストダンスは私に』
これはアメリカの歌で、1950年代にドリフターズというグループが歌い大ヒットしました。
(ほかにもいろいろな方が歌っています)
日本では越路吹雪さんというTOPスターが日本語で歌い大ヒット!
翻訳は 越路さんの大親友でもあり、マネージャーでもある岩谷時子さん。
越路さんのレコードジャケット
越路さんが歌うこの曲は、女性が男性に。という形になっています。
♪貴方の好きな人と踊ってらしていいわ
やさしい微笑みも、その方におあげなさい
けれども私がここにいることだけ
どうぞ、忘れないで
しかし原曲は男性が女性に。となっています。
♪You can dance-every dance with the guy
Who gives you the eye, let him hold you tight
You can smile-every smile for the man
Who held your hand neath the pale moon light
But don't forget who's takin' you home
And in whose arms you're gonna be
So darlin' save the last dance for me
「好きな他の男の人と踊ってきてもいいよ。でも、最後の曲だけは僕の為にとっておいてね
。他の男が、君を家まで送ると言ってもね」
これだけを聴くと、なんだか女々しい男性の歌?と思う方もいます。
でも、そうではないようです…
この歌の歌詞を作ったのはドク・ポーマスさん
1950年代から60年代
音楽業界で多大な影響を与えたといわれる方で、後年彼の友人が
『彼は男の中の男だったなんてもんじゃない!太陽だった』と語るくらいの人物。
しかしこの歌は、ドク・ポーマスさん自身を重ねて作った歌、
それがヒットにつながった原因のひとつであろうとも言われています。
ドク・ポーマスさんは幼い頃小児麻痺にかかり、生涯車椅子の生活だったそうです。
大好きな彼女にダンスを楽しんでもらいたい気持ちと、自身が踊れない悔しさ、
色々な想いが込められた歌なんです。
素敵なラストダンスを皆様も踊ろうよ!
福岡