楽しいと思う気持ちにも思い込みはあるかも | 自分を大切にしながら社会を乗り切るための方法

自分を大切にしながら社会を乗り切るための方法

未熟すぎる親に育てられた結果、生きづらくて何もかもがうまくいかない人生でした。ですが自分の内面や親との関係に向き合い、変わり始めてきました。

自分を活かしながら楽しんで軽やかに社会を生き抜くのが目標。
そのためにやってきたことをブログにしてます。






苦しい、悲しい、つらい。


そんな体験したくない感情は
〜しなければならないという思い込みから
きていたなぁと


自分がしてきた内観で
体感しましたが



楽しい、嬉しい、幸せ


そんな感情とかも実は

◯◯でないといけないっていう枠に
囚われてるのではないかと
思ったんです。



ひとはどうか知らないけど
私は楽しいって味わうことが
なかなか難しかったりします。



最近は少しずつ
楽しめるようになってきましたが
それでもなんだか
寂しいなって思える。


いっぱい心から楽しいって
思えない自分が。


楽しいって思えることが

◯◯じゃないとしょうもない
このくらいのレベルじゃないと…


そうやって楽しいことも
楽しめてないような気もするし


もしかしたら誰かに遠慮してるのかもしれない。
自分だけが楽しいってダメなことだろうって
決めてるのかも。




苦しいとか悲しさとか怒りって
すごくわかりやすくて
内観の材料にしやすいんだけど


楽しいって気持ちの度合いにも
もしかしたら
なんかあるようなって。





子どもの頃の楽しめる感覚と
大人の今の感覚がまるで違う。


私は抑えてる。


もしかしたら
感情の表出とも関係あるかもしれない。



ふとそんなことを思いました(^o^)