知ってるとか腑に落ちてるとか | 自分を大切にしながら社会を乗り切るための方法

自分を大切にしながら社会を乗り切るための方法

未熟すぎる親に育てられた結果、生きづらくて何もかもがうまくいかない人生でした。ですが自分の内面や親との関係に向き合い、変わり始めてきました。

自分を活かしながら楽しんで軽やかに社会を生き抜くのが目標。
そのためにやってきたことをブログにしてます。






ネットでいろいろ調べることが
多いのですが


知ってる
体験している
腑に落ちている


これらのことに価値を置いている人が
とても多いなと感じます。


知らない
体験していない
腑に落ちていない


自分のフィルターを通して見て
『わかっていない』と判断したとき
攻撃的な言葉を浴びせるのを見て


なんだかしょーもないなぁと
思ってしまいました。




わかっていることが
偉い、すごい。


この価値観だと
知らないことはダメとなり
知らなくても素直に知らないことを
言えなくなります。



私もそうです。
それでメンタルがやられたので。汗



わかっていることが偉い。


この価値観をもとに
知らない人と知ってる人が
攻撃しあっている状態を外側からみて
どう感じますか?


私はアホくさと思ってしまいました。
バカにしてる意味ではなく
無意味なことだなぁって。




発信している人の話を
発信している人が思っているとおりに
受け取っているんだろうか?



価値観というフィルターがあるから
歩み寄っても
そのままを受け取ることは難しいのに


攻撃しあってるときは
相手を理解しようとなんか思ってませんよね。


でも同じ価値観のもとに
お互いが自分の正しさを証明することに
躍起になって攻撃しあっている姿は
どちらも同じに見えて滑稽だなぁ。



そして
私も旦那と
同じ価値観のもとに
喧嘩しているときがあります。笑




私は知らないことが
たくさんあります。



知ってることが偉い。



その知ってるってことも
そう判断する材料はなんだろう?


そう考えると
知ってることも知らないことも
怪しいのかもしれない…



私はなんにも知らないなぁって
改めて思うのでした。