先日文庫化されたばかりのカズオ・イシグロの作品。彼の作品で一番有名なのは映画化もされた「日の名残り」でしょうか。


今回の作品、悪い夢を見ているようでした。

例文 「毎朝新聞で珍妙な話を読まされるなんて、まるで悪い夢を見ているようだ」

という意味ではありません。そのものずばり、「悪夢」を書き綴ったようなのです。


ここで、自分は何かをしなければいけないのだけれど、それがなにかはわからないまま、いろんな人に振り回される。

登場人物は知っているような、知らないような人たち。たとえば中学校のとき時々見かけた人とか、ガソリンスタンドのお兄さんとか。外観はまったく知らない家だったのに、家具は幼稚園のときに住んでいた家のものだったり。時間も空間もぐにゃぐにゃになったなか、やらなければならないことが出来なくてあせる自分。

そんな夢を見たことはありませんか?


この小説、そんな夢をそのまま描写にしたようなのです。読んでいて気持ちが悪くなりそうな感じ。なのに、900ページ超えで厚みが4センチあるのです。何度途中でやめようかと思ったことか。でも、不思議と「不愉快」ではないのです。端正というか、平易で抑制された文章で描かれる「不条理」


人に強く勧められないのですが、最後まで読んだ自分に☆2つ。


作者は5歳で家族とともに渡英して、そのまま英国で教育を受けた人。インタビュー記事によると両親とは日本語で会話をするのだけれど、英単語を沢山交えた5歳児の日本語になってしまうのだとか。彼が渡英した頃には、英国で日本語環境に触れることが非常に難しくて、両親も日本語については諦めていたのだとか。


このエピソードを読んでイナモト君を思い出しました。バイリンガルになるって大変なんですね。


-6月1日追記-

これを書いたのはもちろん、”たまに賢そうな本を読むと自慢したくなる”きんぎょです。