「ネックレスなしなんて、バーターより地味になるじゃない。」

美香はコーヒーショップでコーヒーを頼むくらいの声色で「バーター」と言った。

「夏美のことか。」辰巳はこの夏美の影のあだ名を移動車で何回も聞かされた。

 

美香は可愛い。

ルックスも「学校のアイドル」と言われる可愛さで愛嬌と知性があって芯が強い。

表舞台に出るために生まれたような女性だ。

決して憎まれるような女性ではないが、高校を卒業してから一般的な社会を知らずにこの世界に10年いれば芯の強さと野心がさらに強くなっていくのは仕方がない。

美香の担当に人の俳優を育ててきた辰巳にはその強さとそれに似合う努力をしている美香には頭が下がるが、それが裏目に出るときには手が焼ける。

 

その強気な雰囲気がSNSで度々、攻撃されることもあり、心を痛めるだけでなく身の危険を感じてしまうような時もある。

あまりネットは見ないようにと伝えてはいるものの、これだけネットが普及した時代になれば「見ないように」ということは実質不可能になる。

辰巳には耐えられない状況でも、美香はとても強い意志で次へと向かっていく強靭な精神をもった女性だ。

 

それでも守っていきたい思えるのは美香のマネージャーになったばかりのころ、楽屋で緊張のあまり手が震えているのをよく見かけたからかもしれない。

現場に向かう頃にはそのような自分を押し殺して「美香」を演じる。

今ではかなり落ち着いたもののやはり震えていることがある。

もっと素直になればいいのに負けまいと強気に相手に振る舞ってしまう。

美香にとって今回のような事も余計な緊張感を招いてしまうんだろう。

辰巳には田中を責めてるというよりはどうにか自身の焦りを抑え込もうとしているように見える。

だからこそ辰巳にとっては可愛いし、愚痴も聞き続けることができる。

むしろもっと甘えてほしいと思っている。

 

それでも美香に職場以外で会いたいかというとはっきりと「NO」と言える。

どれだけ素敵だと思ってもそれは宝石商や銀行員が宝石やお金を見ても特別な感情を抱かないのと同じというだけ。