中間テストの解答用紙がいよいよ返却されはじめた。
友達と同盟を組み、多くの教科の試験をノーベンで受けた我が子。
だけどそのおかげで、いつもと違って母ちゃんはものすごく気が楽だ。
「諦めの境地」ってやつだ。
「諦めの境地」と言うと、母ちゃんは我が子の中学受験を思い出す。
そして中学受験を経て思うのは、子供の成長に学校名は関係ないということだ。
母ちゃんもそうだったが、受験生を持つ親はどうしても学校名の持つブランド力や
進学実績ばかりに目が行きがちだ。
だが実際には、それらは他の人が築き上げた功績であって我が子には関係ない。
要は、我が子自身だからだ。
どんなにいい学校に入れても子供が勉強しないなら、どこの学校に入れても同じ。
逆に、たとえ受験に失敗しても子供が勉強するなら、子供は学校を使いこなして
ぐんぐん伸びていく。
つまり環境は大事だけど、環境以上に本人の姿勢が大事だということだ。
親が期待するとおりに子供は動かないし、成長もしない。
期待しては裏切られ、そうかと思えば期待以上の成果を上げたりもする。
そうした経験を重ねるうちに、親は子供を自分の思いどおりに育てることは
できないのだと悟り、一人の独立した人格として認めるようになる。
そしていずれ、子供を育てているつもりが、実は自分も親として子供に育てられて
いたんだと気付き、子供を自分の理想に近づけようとする気持ちよりも、
その子らしく生きてほしいという願いの方が大きくなっていく。
子育てとは、子供を叱咤激励して一人前に育てていく過程でありながら、
日々の小さな選択や葛藤の中で親自身もまた少しずつ考え方や価値観を広げ、
時には自分の思い込みや理想を手放しながら成熟した大人へと成長していく
過程なのかもしれない。