アバターの普及
メタバースには共通してアバターという自分の分身がいます。
Wikipediaによると
アバター(avatar)とは、2D/3Dのビジュアルチャットやワールドワイドウェブ上の、比較的大規模なインターネットコミュニティで用いられる、「自分の分身となるキャラクター」、または、そのサービスの名称である。
とあります。
キャラクターはアバターと同じようで違う概念です。ゲームをされるかたはわかると思いますが、プレイヤーはゲームの主人公になりきって、強くなることや華麗にプレイすること、あるいはストーリーや刺激的な演出から楽しい・爽快・悲しい・落ち着くなどの感覚を得ます。
映画やドラマ、マンガやアニメでも同じですね。主役達の心情に近づくことで感じるものがあります。
ただこれは、背景にストーリーなどを背負ったキャラクターと世界観があるからであって、アバターはあくまであなたの分身でありキャラクターとは異なります。
アバターはあなた自身の投影であり、その背景もあなたの背景が元になります。なにか設定のようなものを持たすとしても、それもあなた自身が決めるわけです。また、自由度の高いメタバースにおいては外見にもアイデンティティが表れます。
実体が感じられないWebでは、アバターによってより存在感のあるコミュニケーションがとれることがメリットでしょう。文字だけだったWebでお互いをイメージしやすくなるので、特にポータルでは積極的に採用されているようです。
http://member.square-enix.com/jp/avatar/
3番目のスクウェア・エニックスのアバターなどは、どちらかというとキャラクターに近いですね。スクウェア・エニックスの世界観に合わせたキャラクターを選択できるアバター・・・ややこしいところですが(笑)
まとめると、アバターとはWebにおいて、より具体的な存在として認識できる自分の分身といえます。
より人間らしいというか、現実世界に近い3次元的コミュニケーションを図りたいならば必要ですね。アバターがない限りWebでの僕らの存在とは、HN(ハンドルネーム)かせいぜい画像一枚ですから。
その代わり、メタバースではアバターがあるが故の制約(歩かなければならない、話している人のほうを向かないと違和感を感じる、アバターにより印象が決まってしまうなど)がありますが。
一長一短。現実に近づけることで便利になるだけではないということですね。
セカンドライフ 世界を創る人々
「セカンドライフってもう終わりでしょ?」
友人から聞いた言葉です。Webでそんな記事を見たらしい。たしかに「セカンドライフ 終わった」などで検索すると色々と出てきます。中にはもっともらしい意見もあって、たとえ今セカンドライフをしている人でも終わったのか、と思ってしまうのではないかという内容のものもありました。
どういう点で「終わった」のかによるとは思いますが、少なくても一時期のブームとしての流れは終わろうとしているのかもしれません。僕としても正直あれだけガイドもなにもない世界(しかもほとんどが英語)で、気の合う仲間と出会って創造や共有の楽しさまで辿り着けるひとが多くいるとは思えません。
山崎秀夫さんの著書での引用だったと思いますが、まさに哲学者サルトルのいう自由に呪われた存在と化してしまう現状があります。自由すぎるゆえの思考停止、混乱、迷いに満ちているのが今のセカンドライフです。
しかし、その混沌とした世界だからこそ住人が立ち上がって世界を創ろうとしているのもまた事実です。住人が率先し新しくやってきた人たちを案内したり、面白いものや役立つものがなければ自ら作り配ったり売り出したり。セカンドライフはリンデンラボという運営会社はあるものの、MMORPGなどのオンラインゲームや日本のメタバースと違い、サービスというよりプラットフォームといったほうがしっくりくるのではないでしょうか。
セカンドライフマガジンVOL.2に様々なメタバース参入企業のコメントが載っていましたが、いまはまだメタバースビジネスを模索しているという印象でした。ただどの企業も、一般の利用者が住みやすい場所を築く、使いにくい部分を改善するといった意気込みに満ちていました。
そこにはもちろん企業としての利益追求の姿勢があると思います。しかし、このままでは「終わらせない」という企業の姿勢を見ると、この世界はこういった行動する人達によって創られていくのだなと改めて感じます。創っていくことができる世界なのです。
個人が商売を始めたり企業がまるっとそこに入ってしまう、そんな世界今までありましたか?
セカンドライフはきっと終わらないでしょう。この新しい世界に期待する人々がそうならないように動くのだと思います。そしてその力を活かせるようにできているのがセカンドライフです。
この違いに気づかないと、日本製のメタバースではかなわないですね・・・
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東京0区とは
日本のメタバースも続々と登場していますが、その中でもSBI Beyondが運営する東京0区は特徴的です。
- 現実の金融とリンクする仮想通貨の発行
- コスト0の送金システムの提供
- STUDIO 4℃ と協力したエンターテインメント性の高い仮想世界の構築
SBI Robo CEOの渡部薫さんのブログ や東京0区のテーマを色々と拝見しましたが、基本的な考え方としてWebやメタバースを一つのサービスとしてではなく、社会として捉えている印象でした。
渡部さんのブログでGoogleについて様々語られていますが、たしかにGoogleはWebという経済圏を手中に収めました。10年ほど前は文字だらけで、企業サイトはカタログの代わりだろうと言われ、個人サイトはおそらく僅かなものでした。そう、その数が僅かなのかすら、検索がまだ本格的ではなかった当時はリンクを辿るのがページを探す唯一の手段であり、把握しようがなかったわけです。ましてやこれが一大経済圏になるとは大半の人が予想していなかったでしょう。もちろん、僕も。
そして今セカンドライフが仮想通貨=現実の$(ドル)という目に見える形で、経済圏を築きました。他のメタバースや一部のMMOでも現実のお金とリンクする仕組みが増えてきています。現実の社会を見ても、ポイント制、Suica・Pasmo、携帯クレジットなど金銭の仮想化が進んでいます。現実と仮想それぞれの通貨が歩み寄りを始めているのです。
メタバースとはなにか でも触れましたが、僕はメタバースが真の意味でメタバースたるものになったとき、それは現実との融合を意味すると考えています。「メタバース」と改めて区切る必要がなくなってしまうくらいに。そして、そうなっていく過程で重要なこと、それが経済です。経済とはなにも単純なお金の流れや集まりを意味するわけではなくて、「頑張って物事を成した人には報酬を」「今日の生活を支えてくれた人に感謝を」という、人が人らしくあるために必要な仕組みだと思います。
僕が知りうる限り、日本で経済社会としてのメタバースを作ろうとしているのは東京0区だけ。
簡単なことではないと思いますが、この課題に挑もうとしている東京0区に期待しています。
メモの重要性
誰しも「メモを取りなさい」と一度は言われたことがあるでしょう。
学生のときは主にノートなわけですが、社会人になってからもメモ書きは続きます。特に新規配属の際など必須ですね。
でも徐々に仕事にも慣れ、業務のほとんどがPCで済んでしまうと、段々メモを取る習慣が薄れていきます。
で、ここで言いたいのは「仕事中はちゃんとメモとれよ!」ではなく、仕事以外の時間でのメモの話です。
よく通勤電車に乗っていてあるのが「あ、これ面白いかも!」というひらめき。でも電車を降りるころには忘れてもう思い出せなかったり、忙しく時間を過ごしたあとはそんなひらめきがあったことすら忘れてしまったり… ひらめきはそういうものです。
ブログなど始めると、こういったひらめきというかネタを地道にため込んでおくことの大事さを改めて感じます。
が、いつもメモ帳とペンを持ち歩いていられるかというと、そうもいきません。
そこで便利なのが携帯電話です。いつでも持ち歩いていて、片手で字が打てるんですから。
ポイントとしては、携帯のメモ帳機能を使うのではなく、メール機能を使います。
- 最初に宛先を自分の自宅メアドなどに設定(誤送信を防ぐため)
- 見出しとして題名づけ
- 内容が途中の場合は保存。未送信フォルダから再度編集。
- 内容が完成したら送信
メモ帳では内容が直接見出しになるので訳わからなくなりますが、メールタイトルが見出しの代わりになり、未送信フォルダをネタ倉庫にできます。このブログもこうやって電車の中だけで書きました。
オンラインストレージ の記事でも触れましたが、くれぐれも誤送信と携帯の紛失にはご注意を(笑)
