我が愛用のパソコン、プリウスがドライブ故障のため、10ヶ日間ほど入院することになった。その代替機として、WIn98のノートは本当に辛かった。こんなにもスペックが違うと使用に耐えられないものか。2名の同居人も早く修理しろ!とうるさい。


動画など云うに及ばず。ワンクリックしたら、ゆっくり・さらにスローにじっと待てと。そんな余裕などない。

「カップヌードル」を前にした熊五郎(takataka俺)よろしく3分待てない。そんな精神状態であった。


鷲田清一が著作「待つということ」の中で、「現代は、待たなくてよい社会、待つことができない社会になった。私たちは、意のままにならないもの、どうしようもないもの、じっとしているしかないもの、そういうものへの感受性をなくしはじめた。偶然を待つ、自分を超えたものにつきしたがうそのような行為や感覚を失ってしまった。」云々。

「祈り」も忘れてしまった。その通りである。反省。


パソコン入院中に、連れ合いと黒部・立山に旅に出かける。自然の中を散策する時間、時が止まったようにのろのろとトロッコ電車に乗って黒部渓谷を眺めながらのひと時は貴重であった。その間ネット中毒もなし。


黒部川 私設鐘釣温泉

                        鐘釣温泉付近の黒部川で
                    

上記の写真は温泉を楽しんでいる若い男性2人。観光客が 「とろっこ電車」で押し寄せてきたから、特設の温泉に軟禁状態になってしまったようだ。その40分以上は水面下に。

我々の乗る電車に茹で上がったタコご両人も無事に乗車してきた。



Sアルペンルート室堂

                          室堂から立山連峰を望む


           体力・持久力の減退を痛感 

アルペンルートの途中の室堂で散策と昼食で2時間半の滞在。まだ降雪が残る地獄谷にサンダルで急な階段を下りると雷鳥親子5羽にであった。イオウ臭が漂う、こんな厳しい環境に生息している地区に雷鳥が迎えてくれる。そこまでは良かった。

でも小一時間ほど歩き、帰りは急な登り階段が続くと足が思うように動かない、息は切れる、心臓はバクバク。あー!もうだめだ 叫び むかっ体力がない。日ごろの不摂生と運動不足に反省。


          ゴールドベルクに出遭う

前日に宿泊した立山国際ホテルに「シモン・ゴールドベルクの展示コナー」があった。

昔、リリークラウスとのデュオでモーツアルト・ソナタがあったことは記憶のなかに残っていた。

      でも、どうしてこんなところにあなたはいるの?

音楽の素晴らしさを教えてくれたクラウスおばさんが日本の捕虜になったことはしっかり覚えていた。その演奏旅行中にゴールドベルク氏も一緒だったことはとうの昔に忘れていた。



Sゴールドベルグの解説
1942年 ジャワ島ジャカルタで演奏会、その直後ジャワ島は日本軍の占領下に入る。
1943年 9月日本の憲兵隊により強制収容所に収容される。
1945年 8月日本の敗戦により解放。
1987年 桐朋学園に招かれオーケストラを指揮、山根美代子が通訳を務める。
1988年 山根美代子と結婚。
このホテルで晩年を過ごして死去されたと書いてあった。







                   シモン・ゴールドベルグ夫妻

                      ステキな音楽家の夫妻




         長嶺ヤス子の舞台を観る

室堂で散策中の心臓バクバク状態が小安状態になった頃、携帯電話が鳴った。

「明日の26日(土)、池袋でフラメンコのチケットがあり、見に行かないとのお誘い」である。今、黒部に来ており、今夜には帰宅するので是非ともいきたいと返事。

お誘いの主は、職場の関係で懇意にしていただいているおじい様。奥様の都合が悪く、さらにはステキな女性?にも断られて、お鉢が回ってきたようだ。                 タイトルは「あるジプシーの女


その「おじい様」とは何度か築地のすし屋にいったことがあり、その店主が彼女の同郷で常連客だったことから舞台のことは良く聞かされていた。そう、私も同郷人です~。

猪苗代湖に定住されて150匹の猫を飼っている女傑である。福島の女は芯があって強い。古希の年齢でも2時間以上の舞台をこなせるなど人間業ではない。あの熱い情念が途轍もなく凄い。



        パソコンとも絶好調なり合格

無事に修理も完了。それも、保障期間を過ぎていたけど、無償であった。一生プリウス・ファンになるぞ。(製造中止になってしまったよネ)

無償修理は当然だ。いやそんなこといったら、罰当たりだろう。

何ごとにも、感謝と祈りだ。タダ観の舞台と感動、それにビール呑み放題付きのデートであった。この夏休みはなんとラッキーな日々であったことか。

                                           感謝。