王82年オフ②


このオフのドラフト指名はなかなかユニークで、NBAでスターになるような選手はいませんが、指名したうちの3人が10シーズン以上生き残ります。

 

【ここ数年の主力がまたいなくなります】

 

①フィル・フォードをネッツに放出して、レイ・ウィリアムスを獲得。

アーニー・グランフェルドがニックスと契約。

 

①はドラフト当日に成立したトレード。

フォードは、目の怪我をするまでのスタッツはリーグ史上でもトップクラスに入るほどのものだったんですが(リーグ史上初めて、最初の3シーズンで平均16点・8アシスト・1.5スティール以上をマークしました)、ここで放出となりました。

 

ウィリアムスはキャリア5年のG(6フィート3インチ・188ポンド)。

PGサイズですが、プレイスタイルは得点力のあるコンボガードでフォードとはまったくタイプが違います。

昨シーズンは、全82試合に出場して平均20.4点・6.0アシストという成績でした。

 

②は9月に成立。ここからグランフェルドとニックスの長い付き合いが始まります。

 

【開幕直前】

 

ホークアイ・ホイットニーを解雇。

ケニー・デナードを出場停止リストに登録。

 

デナードは、オフの間に下腹部の悪性腫瘍を摘出する手術を受けていたんですが、NBAの定める身体検査を受けていなかったため、フロントは故障者リストに登録することができませんでした。

 

また、トンプソンとの契約交渉は難航。

開幕二日前にチームから出されたオファーも断っており、未契約の状態で開幕を迎えます。

 

【ホイットニーその後】

 

ホイットニーはこの後ドラッグ依存症となり、89年までにはホームレスも経験します。

 

90年代に入ると、カレッジ時代を過ごしたノースカロライナに戻り、母校出身の選手に学位取得の機会を提供するプログラムに挑戦。

母校のアスレチック部門関係?のオフィスでも働きますが、上手くいかず、故郷ワシントンD.C.に帰還。

このときも薬物依存症は続いていたようです。

 

94年頃にはヴァージニア州のクリストチャーチ・スクール(私立の寄宿制中等学校?)で、フットボールとバスケットボールのコーチの仕事を紹介され、男子生徒の寄宿舎の寮監も務めますが、生徒に金銭を借りてほとんど返済しなかったり、同僚のコーチの車を借りて揉めたり…とトラブルが続き、長続きしません。

 

そして96年1月26日、未成年の麻薬ディーラーに銃を突きつけられ、ある男性を誘拐するのを手伝い、逮捕されました(その男性を車で連れまわし、ATMから数千ドル引き出させたとのこと)。

 

ホイットニーにとって不運だったのは、ひとつは、誘拐した人物がヒラリー・クリントン(この当時のファースト・レディ)の個人弁護士だったこと。

もうひとつは、一緒に逮捕されたディーラーが、成人として起訴できない未成年だったことでした。

 

ホイットニー曰く、犯行に及んだのは、薬物を盗んだ疑いで妹の命を脅されたため、やむを得なかったとのこと。

被害者が家まで帰れるように、奪ったお金から10ドルを抜き取り、タクシー代として渡したという話もあります。

 

この事件でホイットニーは6年間服役することとなりますが、これが薬物から離れるきっかけに。

逮捕された直後からホイットニーへの支援を申し出る声は多かったようなんですが、釈放後は児童養護施設で働くなど更生します。