阪神・淡路大震災で最愛の姉を亡くした中国の古箏奏者、伍芳さんの体験を元にした初のミュージカルが12月2、3の両日、神戸市中央区浪花町の神戸朝日ホールで上演される。「今も姉と話し、支えられている」という伍芳さん。言葉にならない姉への思いを古箏に託す。

 姉妹は上海出身。地震のあった1995年当時は、姉の伍鳴さんと西宮市甲子園口にある古民家に住んでいた。

 京都大学を卒業後、商社で働いていた姉。9歳から古箏を始め、プロ奏者を夢見ていた妹。生死を分けたのは偶然でしかなかった。

 あの朝、友人とスキーに行き、神戸・北野の友人宅にいた伍芳さん。5時間後、西宮に駆け付けると、姉は全壊した自宅で息を引き取っていた。

 失意の底から伍芳さんを救ったのは、がれきの下から見つかった古箏だった。姉への思いを曲に託し、発表してきた。今年でデビュー15周年を迎え、10枚目のアルバムを12月に発売する。

 昨年末、大阪の制作会社から、ミュージカルの話を持ちかけられたときは迷った。「悲しみは今も変わらない。姉を思い出すことに耐えられるかどうか」。だが、一歩を踏み出そうと決めた。

 脚本は映画監督の塩屋俊さんが担当。4人の役者が震災前後の日々を演じ、伍芳さんが「姉への手紙」「光の中へ」など4曲を演奏する。

 舞台では、天国の姉から、聞こえてきた伍芳さんへのメッセージが再現される。

 「あなたは生かされた。だから、あなたと同じ境遇の人たちの悲しみを、痛みを、あなたの古箏で癒やしてほしいのです。私は今もあなたに寄りそい、あなたの奏でる琴線の響きに耳をそばだてています」

船を専門に描く画家高橋健一さん(35)=須磨区=が、かつて縦帆をメーンにした国内唯一の大型練習帆船として活躍した「進徳丸」の絵画を、同船を所有していた神戸高等商船学校(現・神戸大学海事科学部)に寄贈した。当時の写真や図面を参考に、色鉛筆で忠実に再現。卒業生ら学校関係者は「わが校のシンボルがよみがえった気分」と喜んでいる。(安福直剛)

 進徳丸は1924(大正13)年に神戸で建造され、4本のマストのうち3本に縦帆が張られた。最も長いマストは約51メートルあり、現在の練習帆船「日本丸」や「海王丸」より高い。

 第2次大戦中に空襲に遭ったが、戦後に修理され練習汽船として復活。現役引退後は同大学構内に引き揚げて保存され、海洋訓練の拠点などとして使われた。しかし、阪神・淡路大震災で護岸が崩れたため解体せざるを得なくなり、現在は一部だけが同大学で保存されている。

 神戸で生まれ育った高橋さんは、小さいころから船の絵を描くことが好きで、現在も自宅の一部をアトリエにして活動を続ける。約2年前、同大学出身の知人の勧めもあり、進徳丸を描くことになった。当時を知る卒業生らも驚くほどの精密さで、ロープや帆の傾き、船体ラインなどを描き、縦約73センチ、横約110センチの作品を仕上げた。

 完成後、一時は市内の書店ギャラリーに飾られていたが、絵を目にした学校関係者らが「ぜひとも譲ってほしい」と願い出て、高橋さんも快諾。現在は、学生や教職員らが多く通る学術交流棟の入り口に飾られている。

 高橋さんは「進徳丸は多くの船員を育ててきた。この絵を通じて、次世代を担う若者たちが海事についてだけでなく、多くの歴史などを学ぶ機会が生まれればうれしい」と話している。

 「西高東低」の冬型の気圧配置となり、近畿地方のほぼ全域でこの秋一番の冷え込みとなった27日、大阪湾などでは、遠くの島々が水平線の上に浮かんでいるように見える「浮島現象」が見られた。

 浮島現象は、蜃気楼の一種。上空の冷たい空気と海面近くの暖かい空気との温度差で光が屈折することで出現する。

 この日、垂水区の舞子公園から遠く水平線を望むと、和歌山県の沖ノ島や地ノ島などが浮かんで見えた。観光客などが不思議な現象を写真に収めようと、盛んにシャッターを切っていた。

 自宅からも海が一望できるという男性(74)=垂水区=は「空気が澄んできれいに浮島が見えると、このまちに住んでいる幸せを感じます」と目を細めていた。