最近「アカシックレコード」というワードをよく耳にします。
「人は死ぬと魂がそこへ戻って、次の出番を待つ」
そんな話です。
最初、私は「なるほど」と思いました。
魂(意識エネルギー)が“図書館の本”みたいに保管されて、また次の人生で取り出される。
そういうイメージです。
でも、私は途中からこう思うようになりました。
魂って、本みたいに棚に並ぶものじゃない。
もっと ⚡パチッ とするもの。
もっと ふわっ と漂うもの。
つまり⚡静電気みたいなものじゃないか、と。
体は「粒の集まり」
人間の体は、石みたいに固い一枚岩じゃなく、
砂みたいに、もっと細かい粒、分子が集まってできた 巨大な粒の山 です。
海の水も、血も、涙も、全部「粒の集まり」。
電気的にくっついているだけ・・・
私は、その粒の山に 見えない火花 が宿ると、魂が立ち上がると思っています。
魂は「電気のクセ」
魂(意識エネルギー)は、アカシックレコードに引っ越しする荷物じゃない。
魂は、髪の毛をこすったときの⚡パチパチ。
セーターを脱いだときの⚡バチッ。
あれの、生命スケール版です。
そして大事なのは、静電気には クセ があることです。
-
すぐ⚡バチッとなる人
-
なかなか溜まらない人
-
触れると⚡ビリッとくる人
-
いつもふわっと抜ける人
私は、人の性格や行動の違いは、こういう 電子のランダムなクセの違い だと思っています。
人生は「蛍光灯の中の光るダンス」
私は人生を、蛍光灯の中だと思っています。
中では小さな粒(電子)が、ビュンビュン飛んでいます。
真っ直ぐだけじゃなく、曲がって、跳ねて、ぶつかって、また飛ぶ。
その動きが光になるみたいに、
私たちの「迷い」「衝動」「出会い」「決断」が、人生の光になる。
私はそう見ています。
精子は「命のスタートのレース」
次に私は、精子の動きに目が止まりました。
あれは、サルでも見たら分かります。めっちゃ動きます。
しかも全員同じじゃない。
-
まっすぐ泳ぐやつ
-
ぐるぐる回るやつ
-
途中で止まるやつ
-
迷子みたいにうろうろするやつ
私はここに、「命は最初からバラバラな軌跡を持つ」という事実を見るんです。
つまり、命の始まりからすでに “ランダムな動きのクセ” がある。
受精って、たくさんの精子の中から 1つだけがゴールする ことですよね。
私はこれを、人生の縮図だと思っています。
「いっぱいの道があって、ぶつかって、迷って、でも最後は一本が決まる」
それが最初に起きる場所が、受精だと感じています。
死は「電気が抜けること」
私は、死を「消える」とは思っていません。
死は、体という粒の山が壊れて、
静電気を持てなくなって、ふわっ と電気が抜けていくことです。
風船から空気が抜けるみたいに。
花火のあとに煙が残るみたいに。
「終わり」じゃなくて、「ほどける」感じです。
輪廻は「また帯電すること」
魂がどこかの部屋に戻って待つ、というより、
私はこう考えています。
散った電気のクセが、世界に うっすら残る。
そしてまた別の粒の山(新しい体)で、
静電気が パチッ と立ち上がる。
引っ越しじゃなくて、
火花が別の場所でまた生まれる。
私は輪廻をそういうふうに見ています。
雷は「人生の配線を一気に変える」
雷に打たれて人生が変わった人、いますよね。
雷は、超巨大な バチーン! です。
だから私は思います。
雷は、魂の配線を強制的に変える。
ここで起きるのが、私は「反発と融合」だと思っています。
-
反発:古い自分がベリッと剥がれる(怖さや執着が消える)
-
融合:新しい自分がカチッとつながる(使命感や感覚が変わる)
雷は、人生のコードを抜いて、差し直すみたいな事件です。
そして私は「全部フラクタル」だと思っています
フラクタルって難しそうですが、サルでも分かる言い方をしますね。
小さいところで起きてることが、大きいところでも同じ形で起きる
ってことです。
精子のレースでも、人生でも、雷でも、死と再生でも、
同じ“型”が繰り返されているように見えるんです。
その型はこれです。
溜まる → 動く → 迷う → 決まる → 抜ける → また溜まる
私は、この型が小さくも大きくも繰り返されている世界を、
フラクタルな世界だと思っています。



