まど♀です。

マヤ暦(13の月の暦)のKINの書というものがあります。

KINについては以前もブログで触れましたね。(マヤ暦のお話)

 

私がKINの書の存在を知ったのは2017年、マトと出逢ったばかりの頃でした。

当時マトから、

「自分のKINの書の内容が、これまで自分が体験して来た事とピッタリ一致して驚いたんだ。」

と聞き、興味を持ったのです。

 

早速自分のKINの書を調べました。

[こちらで調べました。自分の生年月日を入力すると出てきます→http://www.iprema.net/13moon/ds_js6m.html

 

私はKIN169 赤い宇宙の月です。

 

【キンの書】
私は清めるために持ちこたえる
流れを越えながら
普遍的な水の処理を封印する
存在の宇宙の音で
私は空間の力に導かれる

【BOOK of KIN】
I endure in order to purify
Transcending flow
I seal the process of universal water
With the Cosmic tone of presence
I am guided by the power of space

 

 

初めてこれを見た時、全く意味が分かりませんでした。

もっと分かり易い文章を期待していたので(^^;)

 

以来、KINの書の意味を読み解こうと時々読み返しては、その都度色々な解釈が浮かんだりするものの…イマイチしっくり来なかったのでした。

 

ところがつい最近マトからある指摘を受けた時、漸く自分の中でKINの書の意味を理解出来たのです。

きっかけはKINとは全く関係ない、私の感性に関する話題でした。

 

「マドは幸か不幸か、美術系の学校へ行った為に自分の感性に蓋をしてしまったように感じる。

先生から教わった内容が絶対的なものとして染み付いてしまっている。

アートを鑑賞する時、技術的な面でしか評価出来なくなっている。

しかし本来重要なのはテクニックではなく、何を表現したいかだ。

想いが込められたものにはエネルギー、意識が宿っている。

マドも三次元的な見方をするのではなく、それを感じ取れるようになると良いね。

 

車の運転にしてもそうだ。マドは教習所で教わったやり方が染み付いている。

僕が『もっとこうした方が良いよ』とアドバイスすると、一時的に変えようとするものの、また元に戻ってしまう。

 

型に嵌ってしまっているんだ。どうして型に嵌めようとする?

型は無い方が自由で良い。

そして常識に囚われるな。

 

マドは『私もマトさんのようになりたい!』と言っていたけど、常識に囚われているうちは無理だよ。

僕は云わば水だ。水は形を持たない。

僕の言葉は常識で推し量れるものではない。ザルで水を掬い上げようとしているものだ。

僕の言葉を汲み取りたければ、常識の外へ出る必要がある。

大抵の人は常識から外れるのを恐れる。恥ずかしいから、他人の目が気になるからだ。

 

僕はハトホルから銀河の中心になるように言われた。

僕のパートナーになるという事は、マドも同じく銀河の中心に座るという意味だ。

銀河の中心は7次元。

 

もっと次元の意識レベルを上げてほしいんだ。

高い視点で観察し、感じるんだ。

全てを超越するんだ

こんなちっぽけな3次元の常識に囚われている場合ではないんだよ。

 

マドは僕と同じ水になる必要はない。

マドは聖杯になればいい。

イエス・キリストが聖水なら、マグダラのマリアの役割は聖水を汲み取る聖杯だ。

普通の金属では聖水を入れると溶けてしまう。

聖水を入れる聖杯は清められていなければならない。」

 

 

このメッセージを受け取り、自分がまだちっぽけな意識レベルに留まっていたという事実が浮き彫りになりました。

同時に、自身のKINの書を思い出し、意味を理解したのでした。

 

 

【私は清めるために持ちこたえる】

最初、私はアセンションの為に地球を清める役割なのかな、と解釈していました。

しかし清めるのは自分自身だったのです。そして常識、人間社会の流れに巻き込まれないように持ちこたえよ、と。

 

【流れを越えながら】

これはずっと謎でした。

宇宙の流れに乗る事が大切だとは常々感じていましたが、『流れに乗るではなく超えるとは…?』と不思議だったのです。

この一文は先程マトが言った[全てを超越する]を指しているのだと思いました。

 

【普遍的な水の処理を封印する】

『瀬織津姫は水の神だから、それと関係しているのかな?』と思っていました。

ですが普遍的な水の処理とは聖水を汲み取る聖杯の役割だったのです。

 

また、封印するとありますが、私は封印というと何か悪いものを閉じ込めるようなイメージを持っていましたが、マトの解釈は違いました。

 

「原文はsealとなっている。

例えば手紙を書いて封をするよね。

書き上げた手紙の内容にもう絶対変更はない、これで完成だ!と思ったら封をするだろう?封印するとはそういう感じだよ。」

 

つまり[完成する、確固たるものとする]という意味に取れるのですね。

 

 

―聖杯としての役割を果たすべく、自身を清め、超越する存在であれ―

 

 

パズルのピースがピタリと嵌った感覚でした。

私は感動し、この気付きをマトに伝え、感謝しました。

 

自分の役割がきちんとKINの書に記されていたとは驚きです。

 

「自分の準備が整った時に内容を受け取れるようになっているんだろうね。」

 

なるほど~(^^)

 

 

今回の気付きは、あくまで私にとっての真実です。

私と同じKINの方でも解釈はそれぞれ違う可能性もあるでしょう。

大切なのは、真実を見つけて自分の役割に気付いた時、その生き方を本人が選択するかどうかですね。

 

 

そして本日2019年12月28日はKIN169!

私のKINのバースデー!

(因みに今年のマトのKINのバースデーは8月8日でした!それも凄い!!)

素晴らしい気付き、シンクロニシティ、感動をありがとう♪

 

 

 

 

スピリチュアルーム・かはな