最近の結婚式でよく聞くことばがあるそうだ。 | 名古屋でがんばるマーケティング・デザイン会社たなけん。集客のコツや考え方。アメブロカスタマイズや最新SEO対策など。

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偶然、スライディングドアという映画を見た。

もしも、あの時ドアが閉まらなければという邦題がついていて

電車のドアが閉まった場合と閉まらなかった場合という、

ふたつの運命による恋の行方を並行して綴っていくユニークな話だ。


主演はグウィネス・パルトロウ。競演はちょっとさえないけれど、

いろいろ考えさせられるテーマが映画の背景にあるような気がする。


人生はたぶん


旅のようなものだ。


旅の中で出逢う人や出来事を通じての


気づきや学びの為の旅。


行き先は自由。


ルートも自由。


寄り道しても


飛行機や新幹線で目的地に


すっ飛んで行くのも


ゆっくりと徒歩でいくのも


自由。



自分で道は選択できる。



むしろ


自分で道を


意識的にせよ、無意識にせよ。


決めなきゃいけない。





そして、選んだ道では



旅の風景も違うし



出逢う人も違う。





もしも。


あの時


こうしていれば。




もしも


あの一言があの時。


言えたら。



もしも


あの一言さえ言わなかったら。


そんな経験を


自分の選択で


重ねてゆく旅でもある。


自分の意志で進む道。


時間に流されて進む道。


意識的にせよ


無意識にせよ。


それは全て



自分で決めた事。


人生は航海にも

よく例えられる。


みんな自分の船で

それぞれの目的地に向かって進む。


また、

人によっては


いったん目的地がわからなくなって

時間にながされるまま

漠然と進むしかない場合も

時にはあるだろう。



でも、広い海をひたすら進む。

流されようと

自分の意志であろうと進む。


それは抗う事のできない流れだ。


誰も正解がわからない海で、

本当に進路に迷った時。


他人にアドバイスを求める場合もあるだろう。


でも、
最終的には自分で決めるしかない。


航海中は風向きも天気も変わるし

嵐に出会う事もある。


嵐の経験のない人には,
嵐は想像の上での恐怖でしかない。


でも案外。実際。嵐にであっても

すんなり嵐を抜けたりする。


それが体験するという事。


ネットやゲームの世界じゃなく経験すると
いうこと。。


最近。あるブライダルのお仕事をしてらっしゃる方に

こんなお話をお伺いした。

結婚式の
新郎新婦の挨拶で
すごく良く耳にする言葉があるそうだ。


それは

「何不自由なく育ててくれて
ありがとう。」という


言葉だそうだ。


そうかぁ。苦労してないんだぁと、
思う。

なんとなく。

特に今のゆとり世代と

言われる世代。そして、その親に当たる
世代に共通する考え方や特徴なのかなと
思うこと。


どんな小さな嵐にもあわないように。
安全に。

人生をリスクなしに
進もうとしている人が
すごく多いような気がする。


大きな嵐。小さな嵐。
そんなことも経験。

YouTubeの動画でみるのと
実際に体験するのは
全く違う。


なんとなく

世の中の多くの人は

経験者にとっては

嵐と言えない事を

大変な嵐だと思って

避けようとすることが第1で

結局、目的地に向かえずに

同じ海をぐるぐる回ってる

そんな人が案外多いような気がする。


同じ海をぐるぐる回ること。

自分には

不本意な事。

でも、嵐には出会いたくないので、

ぐるぐる回る自分自身を

納得させようとする。


自分を正当化する理由を見つけ

自分の本心を抑えこもうとする。


それは人間の防御本能で、普通の心の動き。

普通の心の反応だ。


しかし、本心を完全に抑える事はむずかしい。

それができないのも、普通の人間だと思う。

だから、結局。

それがストレスになる。

最近の新型うつという病気もひょっとすると

本心を押さえ込む繰り返しが原因なのでは
ないかなと。思う。

親が、友人が、危ないからやめなさい。

それが当たり前だと思う。

その繰り返しの弊害なのかもしれない。


結局の原因は、絶対に

嵐にあわないようにという

過剰な防御行動が原因では


ないだろうか。



選択の自由があるのに、

世の中の多くの人の

心の中は、不自由だ。


世の中の多くの人が


今の生活に何かしら


何か変えたい。


と思うか


努力して

成功しても


やはり、


もっとこうしたい!

もっとこうなりたい!


そう思う。


そうやって


人は悩み、考えて

知恵を絞って、

時には

やはり

嵐に出会い

それを潜り抜けて


世の中は進化してきた。


だから、


もっともっと。


という思いは


ある意味、

自然な姿で


正しいんだと


思う。

しかし、


それを


罰したり罪の意識を持ってしまう人が

世の中に多く感じるのはどうしてだろう?


普段の生活で、何かをチャレンジしたいなと
思う時。何かを変えたいと思う時。


多くの人が、できない理由を探しがちだ。


お金がないから。

時間がないから。

リスクが高いから。

長続きしないから。

根気がないから。


不思議だけれど、できない理由を

探すのはみんな得意。



できない理由を探せるなら

逆に同じ数だけ


できる理由。
方法を考えてみては

どうだろうか?



今までの
「こうすれば、おおよそ、こうなるハズ!」

という固定観念や思い込みが

その人にとっての


真実や信念と呼べるもの。


それは自分の意志だけでなく

知らないうちに

メディアや学校。友人など。

色んな毎日の関わりの中で

作られてきたもの。


でも

今まで積み上げてきた、

その当たり前と思っている事


そのものが


大きく変わっている最中。


そんな時代だ。


自分の当たり前。そのものを盲信することは。


全ての世代において。


ある意味、危険かも知れないと


最近とくにそう思う。


なぜなら、今の時代が、


あたらしい価値観やルールそのものを


生み出そうとしているから。


一見、今の時代の日本は


平和に見えるし、


普通においしいものものも食べれるし


旅行にも気軽にいける。


一人1台の携帯を持って


アプリだゲームだと遊べるし


欲しい情報は、体験することなく


ネットで何でも調べることもできる。


でも、やっぱり


今は平常時ではなく


きっと、時代が大きく変わっていく最中の


非常時なんだと僕は思う。


その中で


時代の風向きを進みながら見極める事


そして新たな価値観やルール。

方法を生み出す事。


それが今の時代に生きる我々の使命では

なかろうか。


新郎新婦の挨拶の場面で最近、

よく耳にするという言葉


「何不自由なく育ててくれてありがとう。」


不自由なく育ってきた人にも


苦労してきた人にも


この変化の時代は

平等に、厳しく、

そして、変化を求める。


だからこそ、


今、あえて言いたい。

Be Hungry.であれと。



これだけ

世界が狭くなってくると


全く違う価値観や習慣の人と

競争し

共存しなきゃいけない。

それは既に起きている現実だ。


その中で、自分がどうあるべきなのか。

もう一度考える必要がある。











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