マイページに「入学手続き完了」と表示され、そして入学の書類も到着しました。ようやく正式な大学生になれそうです。取りあえず良かったです。これをもってこのブログもそろそろ最終回にしようかなと思っています。
ここまで私が歩んできた道に後悔は全くありません。部屋を掃除していたら、現役時代から今までの模試の成績が入ったファイルが見つかりました。それと同じくして、ある友人に
「君はまるで朝ドラのような受験生活やね」と言われました。
自分自身では「朝ドラ」そのような気はしてなかったのですが、彼の言葉を反芻し、過去の模試の成績を見る中で、山あり谷ありの受験生活は、私に多くの経験を与えてくれていたことを実感しました。それらをもう一度、思い出して記録するために、この浪人生活、いや現役時代を含めた2年かけての受験生活を自分がどのように勉強してきたかの軌跡と共に改めて振り返ってみます。
受験生活のはじまり
私の受験生活は忘れもしない高校2年のセンター同日模試がはじまりでした。それまで、曲がりなりにも「自称」とはいえ、進学校に真面目に通っている身。それなりの点数をとれるものだと思い込んでいました。しかし、実際はそんな甘いことなんてありませんでした。蓋を開けると結果は散々たるものでした。

東大や京大志望の友人たちが900点中600点取っている中で、惨敗の結果でした。特に英語と数学、主要2教科がかなり低いことに衝撃を受けました。このままでは本格的にやばいのではないか。これを機に私の受験生活が始まった一方で、愚かな選択をしてしまうことになります。それは
「数学を捨てて、英語と得意な地理に特化」
という戦略を取ったことでした。今から見れば、確かに、英語が苦手という致命的な欠点を抱えていたとはいえ、当時から私立受験と親和性があったのかもしれません。しかし、当時の私は関西的な発想に縛られ、そしていわゆる「進学実績」を求める自称進学校にいたこともあり、国立信奉が強い状態でした。そして、なんとかその2教科で受けれる国立はないか?また、成績が低い私でもなんとか届くところはないか?との思いに至りました。完全なる戦略ミスです。そんな紆余曲折あり、ようやく見つけた志望校があの例の学校でした。
まず、英検二級をとろう
みなとはちがい、数学を犠牲にした身。なんとか英語を伸ばさないといけない。無我夢中で藁にもすがる思いで私は取り敢えず英検二級を取ろうと決めました。英検二級といえば、高校卒業程度の英語力をもつこと。センター4割で、英語の勉強も分からない自分は単語さえ詰め込めば読めるようなると妄信していました。それ故に、出る単の二級の単語を片っ端から覚えることにしました。わからない単語にはネトネトの百均の付箋をつけて。
それから、友人にも協力してもらい行き帰りともに英語漬けの日々。今までどれだけ英語をサボっていたか。身にしみて感じました。中学受験後、こんなに勉強したのは初めてだったかもしれません。この時、自分は暗記が向いていないと言う弱点に気づいてしまいました。同じような単語を間違えることが多いのなんの。何度もくり返すことでなんとか暗記。その甲斐があったのかどうかはわかりませんが、ギリギリのラインで一次試験は合格。しかし、単語だけを詰めた付け焼き刃が二次試験には通用する訳はなく、二級習得はあえなく返り討ち、撃沈。私の最初の本格的な勉強は挫折に終わりました。この二級習得コンプレックスは浪人時代まで引き摺ることになります。
休校と戦略ミス
私は単語は覚えたのに英語が伸びなかった理由を長文に求めました。高2の冬からコロナ禍の休校中にかけて、あろうことか基礎を固めず(後述)に長文問題を解きまくりました。
その当時、多読が学校で流行っていて、よく考えることなく私はひたすら解きました。文法暗記もきちんとできず、構文もとれないのに。
土台がしっかりしていない状態に建築物を建てても崩れるだけ。それでは伸びるものも伸びるはずがありません。今思えば誤った勉強で多くの時間を無駄にしました。そんな自分を象徴する模試の結果があります。コロナ禍前の高2の2月に受けた進研模試と休校明けの駿台の記述模試です。以下は進研模試。
あれだけ英検への勉強したので、英語にはかなりの自身がありました。しかし、この結果。もちろんE判定。そして、衝撃を受けたのは文法が50点中の3点しか取れていなかったこと。模試は弱点発見のためのツール。けれども、私はその弱点を誤った方法で補おうとしてしまいました。
それは「網羅系文法書を4択暗記してしまうこと」
これほど愚かなことはないです。目的と手段が逆転してしまった。これによりただやった感だけが伸長し、結果が伴わない負債が重くのしかかることとなってしまいました。それがモロに出たのはコロナ禍の休校明けの以下の駿台の記述模試です。

2つを単純に比較することはできないが、英語の偏差値はどんどん下がる一方、ろくに勉強してない数学がそこそこの成績を残しているという矛盾。数学を捨てたのは間違いだということにこの時点で気づければよかったのですが、なかなかそう上手くは行きませんね。
試行錯誤しつつも初めてのことで暗いトンネルの中で右も左も分からない状態。とはいっても、方針転換もせずに、よく考えず我武者羅にひたすら真っすぐ勉強をしていた時期でした。浪人したとはいえ、ここからよく英語最難関の慶應に合格できたとは。感慨に浸りますね。