鳥取観光①からの続きです。
さて、たどり着いた所は…余部鉄橋「空の駅」です!
ここは…何となくツーリングマップルを見ていてコメントがあったので
「面白そうだな」と思って行ってみました。
たどり着いてまず見えるのは、旧橋梁の鉄骨に掛かれた
「余部橋りょう」の文字…。
そのそばにはそこそこの数のバイクが止まっています。
やはり、それなりの観光地なのでしょう。
良く分からずに来ましたが、とりあえず「空の駅」と言われる高い場所に
ある駅と、一昔前は鉄骨作りだった橋りょうの一部が残っているのが
見どころのようでした。
右の写真の先にあるタワーを昇ったところが餘部駅です。
えらく高いところにある駅ですね。
せっかくなのでタワーを登ってみます。
エレベーターで昇るのですが、昇った先の駅はなかなかの景色です。
橋梁自体建て替えされているようですが、旧い橋梁の線路が今の線路の横に
残っていて、その上を歩いたり、景色を眺めたりできます。
よくこんな高いところに駅を作ったもんだな~、と思いながら帰りは
歩きで行きます。
帰り道が分かれてて、上にも行けそうなのでちょっと行ってみました。
こうしてみると橋梁自体もかなり大掛かりな構造物ですよね。
下っていくと橋梁を下から見上げる形になります。
で、降りていってから道の駅にある資料類を色々と拝見したのですが、
この橋梁と駅はかなり大変なもののようでした。
鳥取県や島根県などは山陰本線が通っていますが、実は山陰側は
切り立った海岸線がのこぎり状に連なるリアス式海岸なので、線路の
敷設がすごく難しかったそうです。
極力水平に線路を引こうと思ったら、山をトンネルでくりぬき、谷には
橋梁を設置して、山谷を抜けていくしかありません。
そこで線路を設置する高さが問題ですが、高度を低くするとすごく長い
トンネルが必要となり、逆に高くするとすごく高い橋梁が必要です。
当時の技術ではそんなに長いトンネルは作れなかったので、結果的に
高い位置に線路を引くこととなり、こんなに高い橋梁が作られたのでした。
写真は今のコンクリートの橋梁ですが、最初は鉄橋で作られていて
日本海側の凄まじい風雨に耐えるために建設や維持には相当な
苦労があったようです。
そして、ここでは実際に風の影響で電車が脱線して、橋梁から落下する
悲惨な事故もありました。
私もかなり昔に山陰本線で旅行したこともありますが、単線だし電車も遅いし、
行き交うための待ち時間も結構あって、あまり良い印象はなかったです…
ただ、資料を見ていると、そんな事故の危険もある線路でもこの地域の方々に
とってはとても大切な交通手段であり、すごい努力を重ねて維持されてきたのが
良く分かりました。
あと、この餘部駅も当初はなかったそうですが、陸の孤島のような交通手段の
ない地域だったこの地域の人たちが国鉄にお願いしたり、県知事に手紙を
書いたりして建設が実現したそうです。
建設に当たっては、この地域の方々や子供たちが協力したそうで、こんな
高いところまでみんなで資材を運んでやっとの思いで建設されたそうです。
駅が出来て最初の電車を総出で迎える写真が掲示されていました。
資料を見ていると、こんな地域に電車を通すのがどれほど大変か…
そして、それをこの地域の方々がどれほどの想いで待ち望み、大切に
されてきたかが良く分かって結構感動しました。
私も「ついでに周辺の観光地も見て回ろう」程度に考えて来ましたが、
これはもっと大々的に知ってもらって良い施設なのではないでしょうか。
地域の人々の想いと苦労が分かるドキュメンタリーのような施設でした。
<鳥取観光③>に続きます。





























