笑いは人々を幸せにする① | 日々是新

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宮崎哲也 日々是新!の人生ブログ
明るく、楽しく、元気よく!
さあ、今日も行こう!

(某高校サッカー部のブログより引用)


お仕事でお疲れの方、癒しになればうれしいです。

また、職場、ご家庭にほのぼのした笑いをご提供ください。(笑)



かなり昔まわっていた「チェーンメール」はのどかだった。「ゲーム」ではなく「ファミコン」、「パスタ」でなく「スパゲティ」、「優しい笑い」「家族の笑い」が歴史を感じる。

●先日、友達とファミコンをしていると母がいった「おまえたちはいいねぇ、毎日がエ

ブリデイで」と。それ「ホリデイ」



●家族揃って夕食をとっているとき、何かの拍子に怒った父が、「誰のためにメシ

食ってんだ」と怒鳴った。「誰のおかげでメシが食えると思ってるんだ」と言おうとした

んだろう。



●夫婦ゲンカで、父が「バカモノ」と言うのを、間違って、母に「バケモノ !」と怒鳴

ってしまった。



●父が、フラれて落ち込んでいた姉をなぐさめようとして、「おまえの顔は人間じゃ

ないぞ」と言ってしまった。
「人間は顔じゃないぞ」と言おうとしたんだろう。




●妹が夕食にスパゲティを作ってくれることになった。「今日はカルボナーラを作

るね」と母に言った。私が外から帰ると母が、「もうすぐボラギノールができるよ」と言

った。


●弟は、とても勉強ができる。高校1年生のとき、アメリカに留学することになった。

母は近所の人に、「うちの息子をアメリカにホームレスにやるんですよ」と言って、

自慢して歩いていた。それ「ホームステイ」



●父は、沖縄に向かう飛行機の中で「沖縄は島全体が『さんしょううお』なんだぞ」

と言った。それ、「サンゴ礁」


●母がテレビを見ていると、美人のアナウンサーが出てきた。母は「こんな人が嫁

に来てくれるといいわ」と言ってニコニコしていたが、私達は3人姉妹。




●友達は仮免中に教官に「はい、この先の赤信号の交差点を右折して」といわれ、

赤信号の交差点を右折した。




●酔っ払って帰宅した夫は、そのまま居間に寝てしまった。とても寝床まで運べ

ない。「這(は)って行ってよ」と声をかけたら、そのたびに夫は「ハッハッ!」と答え

続けた。 (5.18朝日新聞)



● 阪急電車の中、3歳位の男の子がおしっこをしたがっている様子。

子供「ママおしっこ」

ママ「どうしてもっと早く言わへんのっ!」

子供「(早口で)ママッおしっこ」。 (2月号Lマガジン)


●某工場内の「おれがやらなきゃだれがやる」という看板の点が削られ、「おれが


やらなきゃだれかやる」になっていた。 (10.27ぴあ:97秋第2位)



● 一人息子がちゃんと留守番できているかどうか、公衆電話から他人のふりをして家に電話してみた。


 母「もしもし、お母さんいる?」

 息子「いらない」。  (3.17北海道新聞:96春第2位)




●電話で書店に本を注文した時のこと。住所と氏名を聞かれたので、名前の


「和英(カズヒデ)」を和(カズ)は「ヘイワのワ」、英(ヒデ)は「エイゴのエイ」と答えた。


後日送られてきた郵便物の宛名は「和A様」だった。 (95.6.11
毎日新聞:95夏第2位)





●「水戸黄門外伝・かげろう忍法帖」の最終回で、事件がすべて解決し故郷へ戻る

ことになった由美かおるたちは喜び「ヤッホー」を連発していた。でも「ヤッホー」はド

イツ語!

ちなみに、格さんには「おいハチ、ファイト!」と言ってしまった過去があるらしい。

(95.10.3ぴあ:95秋第3位)




●おはようからおやすみまで暮らしを見つめる〓ストーカ―。 (6.29週刊読売)




●「JUNKO」というデザイナーのネーム入りトイレマットを敷いた日、夫は「J」の

字を踏んでしていたらしく、トイレをでるなり、「あのマットはなんだ」と言った。 

(1.18朝日新聞)


●結婚した教え子から年賀状が来た。「性が変わりました」と書いてあった。 (2.8
朝日新聞)