平和大通りにある小網町の慰霊碑

　小網町といえば、私の父が建物疎開作業をやらされた場所でもある。当時父は崇徳(そうとく)中学4年生。南観音町(現　観音新町)の三菱重工広島機械製作所に動員されていたが、建物疎開に出る職場の国民義勇隊には、工場に動員された中学生が多く組み入れられていた。

　その年は猛暑が続いた。8月の始め、私達は、1週間ほど出張作業で、土橋方面へ建物疎開作業に従事することになった。寿座という劇場前の広場へ集合し、大きな鉄釜に入れられた氷のカチ割で喉を潤し、壁を叩き落とし柱を切り、長いロープをつけて無理やり引き倒し、そして後片付けを綺麗にしなければならない。倒したときの土煙と、汗と泥とホコリに塗れての辛い作業であった。(精舎法雄「火焔―私の原爆体験記―」1990)

　広島機械製作所の人事課に勤めていた檜垣兵市さんが檜垣干柿のペンネームで書いた手記「短き夜の流れ星」によると、作業は7月31日に始まり、朝の7時半集合、4時半解散という重労働だった。ただ作業は予定より早く8月4日に終わり、5日が休みで6日からまた工場に出て、父はとりあえず助かったのだ。

　檜垣兵市さんの次男、浩さんは福岡肇さんと同じ市立中学2年生だった。「短き夜の流れ星」によると市立中学の建物疎開作業は8月3日から始まっている。中学1、2年生の作業は家をくずした後の片付けが主だろうが、毎日炎天下の作業は小さな体にはかなりこたえたろう。それにいつ空襲があるか分からない。浩さんの口癖は、「お父さん疎開させて頂戴や‼︎」だった。

　檜垣兵市さんの勤める広島機械製作所の人事課は広島市西部の己斐にある善法寺に疎開していた。爆心地からは2.7km離れていたが、8月6日朝、本堂で朝礼が終わった途端にピカッと光り、轟音が響いて、爆風で本堂の屋根が大破し天井板が落ちてきた。幸い兵市さんにケガはなく、一体何が起きたのかと外に出てみた。外はすでに黒い豪雨となっていた。

　「小父さん己斐の国民学校はどっちですか」という声にふと足を留めて見ると、躰にはシャツの裂けたものがビラビラしているのだと思われたのだが、よく見るとぶらぶら下っているのは、全身の皮膚が悉く裂けて、雨に晒されているから、白くほとびて下っているのである。よくもこの痛手に耐えて、たとえヨチヨチでも歩けているものだと身震いした訳である。

　どこの生徒ね？

　「市立中学‼︎」

　(檜垣干柿「短き夜の流れ星」原爆被害者の手記編纂委員会『原爆に生きて—原爆被害者の手記—』三一書房1953)

　当時己斐国民学校が救護所に指定されていたので傷ついた人たちは皆己斐を目指したのだ。

　兵市さんの次男の浩さんもようやく父のいる善法寺までたどり着いたが、火傷で顔は仁王さんの面のように腫れ上がり、二の腕から先も剣道の籠手をつけたように腫れていた。上半身は火傷していないところはなく、ズボンは焼け切れて垂れ下がり、兵市さんは一目見て助からないと覚悟した。浩さんが息絶えたのはその日の夜10時30分だった。(檜垣兵市「浩よ、ねむれ」広島市原爆体験記刊行会編『原爆体験記』朝日選書1975)

広島平和記念資料館の軌跡38