天満川河畔の広島市立中学慰霊碑(2017.8.6)

　1955年8月24日、広島平和記念資料館が開館した。初代館長は長岡省吾さん。開館初日の入館者は600名を越えたと記録されている。なお、当時の平和記念資料館は現在の本館だけで、東側につくられた広島平和記念館が平和記念資料館東館となり本館とつながったのは1994年6月になってのことだ。

　できたばかりの館内には、原爆の熱線の跡を残す瓦や石が入ったガラスの展示ケース、写真や衣服を納めた額を載せたイーゼルがいくつも置かれ、急性放射線障害や白血病の説明パネルもあった。広島ではその頃白血病の発症が激増し、また1954年3月1日のビキニ水爆実験で第五福竜丸など多数の日本漁船の乗組員が被曝した(現地の人たちも多く被曝した)ことから、核兵器禁止の運動が広島だけでなく全国で盛り上がった。資料館の展示もこうした状況を受けとめてのことだろう。(1957年に改めて出版された『“ひろしま”原子爆弾による被害状況』は相変わらず放射線被害の記述がほとんどないが)

　この頃になると市民や長岡さんに協力する人たちから被爆死した人の遺品の寄贈も増えてきた。広島平和記念資料館企画展「礎を築く——初代館長　長岡省吾の足跡」(2020)のパンフレットで当時の新聞記事を知ることができる。1955年8月5日付の中国新聞だ。記事によると、福岡重春さん、とみゑさん夫婦が4日に資料館を訪れ、広島市立中学2年生だった一人息子の肇さんの形見の焼けこげた制服を寄贈している。

　広島市立中学1、2年生で爆心地から西に900mばかり離れた小網町に建物疎開作業に出た生徒は、原爆で全滅した。

　十数名の裸体の生徒が、川岸近くに倒れていた。今朝の八時から、およそ十時間余りの間、照りつける真夏の太陽の下、このアスファルトの上でどうすることも出来ず、耐えしのんだこれらの生徒達の苦痛を思ったとき、湧き上がる涙をとめることはできなかった。

「おい、皆しっかりしろ、もう一度元気になって働くんだぞ」涙をふきながら元気づけた。

　おお、誰がこの言葉を信じ得よう。彼等の中にはすでに自分の名前さえ告げ得ない四人の生徒がいたし、昏々と眠る三人の生徒があった。

　「先生、寒いよー」

　「先生、水を下さい」

　助けを求め得る生徒等の声も力無いものでしかなかった。(陸勝利「還らぬ魂」広島市原爆体験記刊行会編『原爆体験記』朝日選書1975)

　この生徒たちは誰なのか。手記を書いた陸先生もその後消息不明。もう確かめようがない。

　広島市立中学の慰霊碑は1948年に小網町の三光寺境内に建立され、1975年に天満川の河岸に移転して2017年まで置かれていた。現在は基町高校に移されている。1948年に刻まれた碑銘は「原爆三百六十九霊塔」だが、その横にある1975年の碑文には「三百七十余名の職員生徒が劫火の犠牲となる」とある。原爆という大惨事では、名簿などの記録が焼け証言する人もいなくなってしまえば、亡くなった一人ひとりの名前を碑に刻むことは大変難しいことだ。

　あの日の朝、「行ってきます」と言って家を出た福岡肇さんの行方も分からないままとなっている。

広島平和記念資料館の軌跡37