こんにちは、仲野千春です。こんな人よ。
不倫をされると、いろんな感情が湧いてきます。
殺したくなるほどの激情もあるし、
言葉では表せないほどの怒りや、
死んだくらいでは表せない哀しみ。
そういう、どろっどろの感情たち。
それらは当たり前に湧く感情だと
わたしは思っているし、
すべて「マル」だと思うのです。
「マル」だとは思う、けれど
それを感じているとき、
心地よくないし、幸せじゃないのよね?
なぜか?
それは、
本質の自分や魂としての自分から
離れてしまっているからなのね。
本当は、喜びを感じたいし、
誰かを喜ばせたくて生まれてきたわたしたち。
それなのに、
真逆ともいえる、殺意や怒りや哀しみを
感じたのだから、心地いいわけないの。
だけど、それは起きた。
だからこそ、
そんな感情を感じさせた相手を
どうにかしたくなるのよね。
「あなたは間違ってる!」
「とてもひどいことをしてる!」
「こんなこと、していいわけない!」
ということを”相手に”思い知らせたくなるのよね。
でもね、不倫が起きたということは、
あなたへのメッセージなのね。
いまここ、を大切に生きてないんじゃない?
常識や思考ばかりを働かせて、魂の望みを叶えてないんじゃない?
大切にすべき自分よりも、他人を優先して生きてない?
それを問うてくれてるのよ。
不倫をされて感じた感情は、
あなただけのもの。宝物でもある。
それは、例え”殺意”だったとしても、
大切なものなだし、「マル」なの。
だけど、それを相手へ向けるのは、
余計自分を苦しめることになる。
こんなにも、
あなたの本質からズレた感情を
感じなければ氣付かないほどに、
あなたは、自分を生きていなかった、ということ。
それを氣付かせるために、
相手は、重要な憎まれ役を演じてくれた。
もちろん、相手にも相手の学びがあった。
そう考えられるようになると、
不倫が起きた感情の沼から、
這い上がれるのではないかしら?
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