祭囃子の中、僕はA子を待っていた。
賑やかに出店が立ち並び、人々が行き交う。
同じ高校の奴が何人か僕の前を通り過ぎた。
用もないのにケータイを開いたみたが、逆に時間ばかりが気になる。
実はA子とは3週間も会っていない。
一体何から話せばいいのか。
Tシャツが汗ばんだ。
出店に並んだ風車がカラカラと音を立てて一斉に回るが、袖をくぐる風は生ぬるい。
A子は変わらずにいてくれただろうか?
そんなことばかりが頭を巡っていた。
あの日海からの帰り道、A子の方から花火大会に行きたいと言い出した。
しかし自分から誘っておいて約束の時間になっても現れない。
何だかいつも待ってばかりだ。
A子は僕のことを一体どう思っているんだろう?
「お待たせ。久しぶりだね、T君。会いたかったでしょ?」
なぜかいつもこんなタイミングで現れる.
そして本気か冗談か突拍子もないことを聞いてくる。
「別に。まあ普通だよ。」
よくわからない返事をしてしまった。
浴衣姿のA子はより女らしく見えた。
生徒会長というイメージは感じられなかった。
もちろん良い意味で。
「花火上がるまで少し時間あるから、ちょっとうろうろしない?」
「う、うん。そうだな。」
「何?T君、久しぶりに会ったから照れてるの?」
「別にそういうわけじゃないけど。」
A子には隠し事ができない。僕の心の中が手に取るようわかるのだろうか?
はっきり言って会いたくて仕方なかった。久々に会うとうまく話せないが。
A子の方こそどう思ってたんだろう?
3週間も会わないで。
A子は一体僕のことをどう思っているんだろう?
「ねえ。T君。あれ取ってよ。」
A子が指さした先には金魚すくいがあった。
参ったな。ああいう器用なことはあまり得意じゃない。
そう思っているそばからA子は僕に金魚すくい用の網を差し出している。
いかにもすぐに破れそうな紙製のあれだ。
まあせっかくだしやってみるか。
朱色の金魚たちが泳ぎまわる桶の前に座った。
横にA子も座った。
「何か横で見られてるとやりにくいな。」
「まあいいじゃない。夏の風物詩ってやつよ。」
あまり答えになっていないが、とりあえず気にしないで掬うことにした。
できるだけ動きの少なそうな金魚に狙いをつけた。
「それ弱ってそうだから嫌だ。」
何も言ってないのに。
「わかったわかった!元気そうなの狙えばいいんだろ?」
泳ぎまわる金魚が少し止まりかけたのを狙うことにした。
網は一枚だ。慎重に狙う。
慎重に。
慎重に。
網が水面に触れる。
金魚は逃げない。
いける。
いけるぞ。
すまん。金魚。
この勝負勝った。
「T君!!」
いきなり大声をだすA子。
驚いた拍子に網は破けてしまった。
当然金魚は逃げる。
「なんだよ!もう少しだったのに!」
「ほら!こんなに取れた!」
瞳をキラキラさせてA子は手にビニール袋をぶらさげている。
その中には金魚が5匹も泳いでいた。
「なんだよ~。得意なら自分で掬えよ。」
「やってみるまでわからなかったけど、あたし結構器用みたい。」
うるせえよ。
「さあ、そろそろ花火上がるよ。行こ?」
さよなら金魚。
後ろ髪をひかれる思いで川辺まで移動した。
群衆がざわついている。
そして半刻ほど経つとそれは静まり返った。
「そろそろだよ?」
A子がそう言った瞬間、光が空に昇った。
それは上空で破裂し、閃光を放った。
歓声が上がる。
真夏の夜が彩られていく。
火薬の匂いが風に乗り、月がぼんやりと煙った。
「綺麗だね。」
「うん。」
街は鮮やかに彩られ、僕らは心で夜空を泳いだ。
その時のA子の横顔を僕はきっと忘れないだろう。
「T君。休みの間何してた?」
「ああ。色々してたよ。ギター弾いたり、曲作ろうとしてみたり、寝たり。そんな感じかな。」
「ふふん。T君らしいね。」
「A子はどうしてた?」
「あたしも色々してたよ。もちろんちゃんと勉強もした。一応受験生だからね。あと色々考えたり。」
「ふーん。」
「ねえ、T君。」
「ん?」
「あのね。」
「何?」
「あたしね…。」
そこから先は聞き取れなかった。
一際大きな、最後の花火が夜空に咲いた瞬間だった。
その閃光は見ないまま、
僕はA子を見ていた。
あの時、君は一体何を話したの?
結局、A子を家に送るまで聞けなかった。