トランペットの音が遠く聞こえる。
どうやら吹奏楽部には夏休みも関係ないようだ。
僕は校舎の壁にもたれ、心地よい音色に身を委ねていた。
昼下がりの空。
まばらに浮かんだ白い雲を視線でなぞる。
「お前、A子さんと仲良いんだな。」
A子が教室から出ていくなり、話しかけてきたのは陸上部のFだった。
陸上部員の典型的な例に漏れず真っ黒に日焼けしている、まさに体育会系男子だ。
「ああ。最近ちょっと話すようになったんだよ。」
「本当にそれだけか~?だってA子さん呼び捨てにしてる男子なんてお前だけだぜ。」
そう言って白い歯を覗かせた。
見た目の割に他人の恋愛事情なんかを知りたがる。
「別に付き合ってたりするわけじゃないよ。本当に。」
僕は以前古典教師に説教を食らった際、A子にはっきり否定されたのを思い出していた。
「本当か~?」
「本当だよ。前に思いっきり否定されたし。」
「え?何だよそれ?まさか告ったの?」
「いやいや。違うよ。まあ話すと長くなるんだけど。」
「何だよそれ~。俺も彼女欲しいな~。」
「『俺も』って何だよ。付き合ってないってば。て言うかお前、陸上部のエースなんだからモテるんだろ?」
「そんなことねぇよ。まあとにかく夏休み明けに続き聞くのが楽しみだな。」
「何期待してんだよ?別に何もないって。」
「まあまあ。そう言わず頑張れよ。お前もNに振られて傷ついてるんだからさ。恋の傷を癒すのは新しい恋しかないぞ。それにあんなに可愛い子なかなか寄ってこないからな~。」
そうだった。
春の失恋なんて忘れてた。どうしてだろう?
もしもFが言うのが本当なら、これはA子のお陰ってことになるんだろうか。
「おーい。待った?」
視線を空から戻すとそこにA子がいた。
僕の自転車に腰かけ足をパタパタさせている。
「待たせ過ぎだよ。暑くてたまんねえよ。」
「ごめん。」という意味なんだろうか。
A子はニヤッと笑い舌を出した。
「ねぇ?海行こうよ。」
こんな突拍子もないことを言う。
待たせておいて、まったくもって自由なやつだ。
「あとで言うってのはそのこと?」
「そうそう。こんなこと教室で話したら、カップルだと思われるでしょ?」
説教の時もそうだけど、ここまではっきり言われるとさすがに凹む。
「ああ、そうだね。それで何で海なの?」
「別に理由なんて無くたって良いじゃない。しいて言うなら…。あ、そうそう夏よ。夏だから!」
なんだそりゃ。こいつ一体何のつもりなんだ。
「それはわかったけど。A子、自転車は?」
相変わらず僕の自転車に座ったままのA子に聞いた。
「ないよ。T君が漕ぐの。」
「何でだよ?いつも自分の自転車乗ってるじゃん?」
「あ~。鍵失くしちゃったの。ま、たまには良いでしょ?後ろ乗せてよ?」
「生徒会長のくせに二人乗りかよ。」
「そんなの良いから!早く早く!」
自転車のサドルを叩いて僕を急かす。
夏が加速していく。
太陽は容赦なく照りつける。
暑くてたまらない。
だけどこの汗が乾いてしまうくらい僕らは太陽に近づいていく。
「飛ばせ飛ばせ~!」
生徒会長は僕の後ろで子供みたいにはしゃいでいる。
吹き抜ける追い風。
僕は全力でペダルを踏んだ。