結局レポートは間に合わなかった。






俺の苦手な古典の教師Uが、俺とA子の前で吠えている。






まったく。

ブルーになる。






窓の外は昨夜から降り始めた雨。








それが拍車をかける。






独身中年女の説教の間、僕は昨日のA子との話を思い出していた。






レポートが終わらなかったのは思いの外、彼女との話に花が咲いてしまったからだ。








「あたしは19派だな。」






レポート用紙を紙飛行機にしながらA子が笑った。






「そうなの?結構みんなゆず派だって言うんだよね。」








「うん。声が好きなの。もちろん歌詞も好き。」








「俺も19好きだな。俺もって言うより、A子より19好きな自信あるよ。」








「いや。あたしの方が好きだな。絶対。」








そう言って投げた紙の翼は部屋の対角線をなぞって飛んだ。








「CDだって全部持ってるし。LIVEだって行ったことあるんだよ。」








「えー、いいな。俺も解散前に行きたかったんだよな。」








「またいつか再結成してほしいよね。」








A子はまたレポート用紙で折った紙飛行機を宙に放った。








「ちょっと、T君聞いてるの?」






耳障りな金切り声が僕に向けられ、脳が職員室に呼び戻された。








「レポートもそうだけど、あなた卒業後の進路もまだ決めてないんでしょ?


3月で卒業なんだからいい加減しっかりしなさいよ。」






うるせえな。こっちの悩みも知らないで。






どうせしょうもない負け犬青春時代を過ごしてきたくせに余計な御世話だ。




心の中で罵声を浴びせながら、








「すみません。」


とできるだけ感情を込めずに返事をした。








それが癇に障ったのか、ヒステリックな説教がエスカレートした。








「そもそも あなたたち。男女2人っきりで放課後遅くまで残るなんて10年早いわよ。私があなたたちくらいの歳の頃は…」









10年も待ってたらお前みたいになっちまうだろ。






説教はまだまだ続いていく。

そう思った矢先、




「先生。とにかくレポートは今日中に提出しますんで。

あと、私たち付き合ってるわけでもなんでもないですから。」







不意にA子が遮った。

僕は驚いた。






「わ、わかったわ。今日中に提出しなさいね。T君は早く進路も決めるのよ。」







簡単に引き下がる古典教師。



さすがは成績優秀な生徒会長だ。

俺が同じ台詞を言ってたら大目玉だろう。


そう思いながら職員室から教室に戻った。







ようやく無機質な紙に文字を並べ終えた頃、A子が僕に言う。





「T君まだ進路決まってないの?」





「うん。まだね。とりあえず大学行けって親は言うけどね。だけど別に大学にやりたいことがあるわけじゃないし。

悩んでる。A子はもう考えてるの?」







「うん。あたしはW大学行こうと思ってる。昔から行きたいと思ってたし。」





「へえ。すごいな。W大学って名門じゃん。さすがは優等生だな。」






「そんなたいしたことないよ。てか優等生とかやめてよね。あたしもT君もそんな変わらないよ。」





「ごめんごめん。ただすごいなと思って。」







「すごくないってば。てかT君進学とは別にやりたいことがあるってこと?」







「うーん。まぁ、あるといえばあるんだけど…。」






「ほんと?何?教えて教えて!!」






A子がはしゃいだように僕の隣の席に座る。






「いやいや。きっと笑うよ。みんなそうだったし。」







「あたし笑わないよ。笑わないから教えてよー!」







「いやいや。きっと笑うよ。」






「絶対笑わない!!」





身を乗り出してA子が言う。

不意に僕らの距離が近くなる。


夕日が差し込む二人きりの教室。

茜色に照らされたA子。

大きな二重瞼の瞳で僕をまっすぐ見つめる。

妙に恥ずかしくなった。





「うーん。また今度。」






「えー。教えてよ。今度っていつ?ねえいつ?」







「とにかく今度。さあ帰ろう。」






そう言って僕は慌てて教科書なんかを鞄に押し込み席を立つ。




「ねえねえ?今度っていつ?」






A子はしきりに僕の「今度」を気にした。






正門をくぐった頃、昨日の図書館と同時刻のチャイムが聞こえた。




「とにかく今度!しつこいなあ。」




そう言って適当にはぐらかそうとしたが、

A子が僕の斜め後ろではしゃいでいる姿がなぜか嬉しかったりした。







そして仕上げたレポートを提出し忘れたのに気付いたのはA子と別れて家に着いたころだった。







昼間の説教の続きが頭をよぎった。