俺の息子は自閉症スペクトラムの気があり、学校では個別級に通っている。

もう小学6年生なので、反抗期やら思春期やらと息子の特性が重なって、色々と大変だったりする。


自閉症スペクトラムのお子さんを育てている方なら分かるかもしれないけれど、息子は食べ物のこだわりがめちゃくちゃ強い。食べられるものが少ないので、苦労している。何しろちょっと前まではラーメンも食えなかったのだ。

先日、息子が「ラーメン食べたいな」と言い出した。息子は味噌ラーメンが好きだ。ちょっと前まではカレーラーメンしか食べられなかったけれど、味噌やとんこつやしょうゆラーメンが食べられるようになった。息子にとっては大きな成長だ。

「じゃあ、瀬谷に美味い味噌ラーメンの店があるから食べに行くか?」と俺が訊くと、息子は「マジで?行く!」と即答した。

その店はうちから車で30分くらい。俺は車が運転できないし(うちの車は俺のではなく妻のものだし)、バスと電車にも乗れないので、家族で出掛ける時はもっぱら妻に車を運転してもらうことになる。

「どうかな?」と俺は妻に訊いた。

「じゃあ木曜日の夕飯に行こう。わたしも仕事が休みだし」と妻が言った。


で、日付が変わって昨日の夕方。「そろそろ食べに行こうか」と妻と息子に声を掛けた。

息子は「うん!」と返事をしたけれど、妻は嫌そうな顔で「本当に行くの?」と言い出した。

俺は一気に悲しくなってしまった。

妻は夕方になると、酒が呑みたくなるので、出掛けたくなくなるのだ。これから30分かけてラーメン食いに行くよりうちで酒が呑みたい、ということなのだろう。

「え、行かないの?」

俺が訊ねると、妻はだるそうな表情で肩をすくめた。息子は妻の様子を見て、「俺はどっちでも良いよ」と言い、スマホに目を落とした。

俺と息子の明らかにテンションの下がった様子を見て、まずいと思ったのか、妻は「とりあえず行くか」と言って玄関に向かった。

俺は泣きそうになった。せっかく息子がラーメンを食べたいと言っているのに、ラーメンを食えなかった息子が自分からラーメンを食べたいと言っているのに、妻にとっては酒のほうが大切なのだ。

「パパ、悲しくなっちゃったな」と息子に言うと、息子は「ママはそういう人だから仕方ないよ」とスマホから顔を上げずに言った。


ラーメン屋に向かう車内は葬式帰りのような雰囲気で、誰も口をきかなかった。昔の俺なら、妻に対して怒っていたと思う。息子と酒とどっちが大事なんだとか、約束したことなんだから今さら文句言うなよとか。けれど、全く怒りはわいてこなかった。むしろ、自分が情けなくて悲しかった。俺が車を運転できないことが悪いし、ラーメンを食いに行こうなんて言わなければ良かったのだ。


「良かれと思ってラーメン食べに行こうって言ったんだけど・・・ごめん」と俺が誰にともなく言うと、息子が「別に良いよ」と言った。

妻は「その態度うざいんだけど」と吐き捨てた。「何なの、その態度?遠回しにわたしを非難してるんでしょ?マジうざい」

妻は酒が呑めないとイライラして攻撃的になる。それは分かる。けれど、俺は妻を非難するつもりは本当に無い。どういう態度を取ればいいのか。

色々と考えていたら、眩暈がして目が開けていられなくなった。

ラーメン屋に着き、車からおりると、眩暈がひどくてふらふらしてしまった。

妻は俺がわざとやっていると思ったらしく、「はあ?うざいんだけど」と言った。

息子が俺を支えてラーメン屋の外のベンチまで連れて行ってくれた。

俺は販売機で必死の思いで飲み物を買い、ベンチに座って目を閉じ、眩暈がおさまるのを待った。

妻はその様子を見てようやくマジだと気付いたらしく、無言で少し離れたところから俺の様子を伺っていた。


数分すると、眩暈がおさまったので、妻に「もう大丈夫。すまん」と言うと、妻は「わたしだってお前の体調を悪くさせたいわけじゃないから」と言った。

ようやく妻の機嫌がなおった。


味噌ラーメンを食べると、息子は「美味いじゃん」と言った。口に合って良かった。

「また来ようよ。今度は昼間に」と息子が言った。

「昼間ならママも酒が呑めなくて不機嫌になることも無いしな」と俺が冗談めかして言うと、息子は笑った。妻は苦笑した。


毎日毎日、こんな感じで何かしら悲しいことがある。こんなことは夫婦だったらありふれたことなんだろうし、俺が気にしすぎに違いない。けれど、うちに帰ってきてからも悲しい気持ちが消えなくて、抗不安薬を飲んだ。薬がないと、悲しみに飲み込まれて消えてなくなってしまう気がする。

この文章も、眩暈のせいで書くのにめちゃくちゃ時間がかかっている。文章が頭に浮かんでも、うまく打ち込めない。

ほんと、最低の人生だ。