(承前)
今度は外国人の女に声をかけられた。
カタコトの日本語で「遊ばない?」と言って遠慮がちに近づいて来た。
「お姉さん、どこの国?」と俺が訊くと、女は「シンガポール」と答えた。
女は長い黒髪で、目鼻立ちがはっきりしたなかなかの美人だった。黒いジーンズを穿いた足はすらりと長く、さっきのおばちゃんとは雲泥の差だった。
不本意ながらさっきヌイてきたばかりなので、本来なら断るのだけれど、気が付いたら「いくら?」と訊いていた。
女は首を傾げた。
俺はゆっくりと「お小遣い、いくら欲しいの?」と再度訊ねた。
女は「15000円」と言った。
さっきのおばちゃんと同じ金額かよ?信じられない。
女が寒そうにダウンジャケットのポケットに両手を突っ込む。「15000円じゃ高い?」と言って俺を見る。高い、と言ったら安くしてくれるのだろうか。
「いや、高くないよ。その金額で良いから、早くあたたまろう」と俺が言うと、女は、はにかんだ笑顔を見せて、「ありがとう」と言った。
ホテルに入り、ふたりでシャワーを浴びた。
女の腰にはタバコの箱サイズのタトゥーが入っていた。ちょっと宗教っぽい不思議な模様だ。
「このタトゥー、良いね」と言って俺が腰に触れると、女は照れ臭そうに「ありがとう」と笑った。
ふたりでベッドに入り、セックスした。女はとても一生懸命で、俺を満足させようと努力していた。さっきのおばちゃんとはえらい違いだな、と思った。
セックスの途中、挿入する時、女が「ゴム、いる?」と訊いてきた。意味が分からず、「いる」と答えると、女は「ゴム付けなくても良いよ」と言った。
「え、なんで?」
「付けなくても良いから、チップ」と女は言い、気まずそうな顔をした。
俺は何にも言えなかった。
君くらいかわいかったら外国人専門のデリヘルとかでもっと荒稼ぎ出来るんじゃないかな。僅かな金とチップのためにナマでセックスなんかしなくても良いはずだ。
なんて言えるわけがない。
「チップはいくら?」
「5000円」
どう考えても安すぎる。俺が何年か前に引っかかった日本人のクソ女はゴムあり25000円でマグロだったぞ。
結局、俺はナマで挿入した。挿入した後、女が不安そうに「あなた、病気は無い?」と訊いてきた。分かるわけがない。
「無いよ」と俺が答えると、安心したように俺の首に腕を回した。
セックスの後、俺はチップを5000円ではなく、10000円払った。女は驚いて目を丸くした。そして「ありがとう」と笑った。
女はシンガポールと日本でモデルをしているらしい。デカいステージでドレスを着てポーズをする女の写真を何枚か見せてもらった。かなり様になっていた。けっこう本格的な感じ。確かに、女はかなり美人なので、ガチなのだろう。
「なんでモデルなのに、こんなことしてるの?」と俺が訊くと、女は苦笑し、「お金のため」と言った。
「モデルはもらえるお金少ない。本当に少ない。もっともっと有名にならないとたくさんお金もらえない。だから他の仕事もしなきゃいけない。でも日本語が下手だから雇ってもらえない」
それで立ちんぼというわけか。やっぱりこれも貧困ってやつなのだろうか。
「お姉さんは美人だからすぐに有名になってたくさん稼げるよ」と俺が言うと、女は「ありがとう」と笑った。
ホテルを出て女と別れ、原付を走らせた。
冷たい風が心も身体も凍らせようとしてくる。
俺は一体何をやっているのだろう。
女をふたりも買って、それで満たされたか?惨めになっただけじゃないか?金は無くなったし、厚生年金と健康保険料はどうやって払う?また借金か?男の娘のことはもう諦めるのか?
おばちゃんも、シンガポール人の女の子も、やり方はどうあれ、必死に生きていた。俺はどうだ?
俺を追い越していく車、街の灯り、冷たい風。イヤホンからはレッチリの「WET SAND」が流れていた。聴いていたら涙が止まらなくなり、俺は叫んだ。どんなに叫んでも何も変わらないけれど。
帰宅したのは深夜0時半だった。身体が冷えて震えが止まらず。シャワーを浴びて、レッチリの「WET SAND」を繰り返し聴いた。
眠ったのは明け方になってからだった。