前回の日記で書いた通り、昨日は男の娘と会うことになっていた。
会ったら自分の正直な気持ちを伝えようと心に決めていた。相手からすれば、「キサマの正直な気持ちなんか聞きたくねーよ」という感じかもしれないけれど、それならそれで諦めもつく。
ただ、その正直な気持ちというのが、俺自身にもよく分からなかった。果たして俺は彼女のことが好きで付き合いたいと思っているのか、単にポコチンを舐めてほしいだけなのか。もっと深く彼女のことを知りたいと思っているけれど、それは恋愛感情なのだろうか。
なんて感じで、恋に恋焦がれ恋に泣く女子高生ばりに悩みながら、2時間半かけて原付で鶯谷に到着した。
駅から少し離れたスーパーの駐輪場に原付を停め、鶯谷駅まで歩いた。
歩きながら、会ったらまず何て声をかけよう、と考えていた。
待ち合わせの15分前に駅に着いたので、彼女に連絡しようと思ってリュックからスマホを取り出すと、1時間前に彼女からLINEが来ていた。
嫌な予感がしつつLINEを開くと、「突然で申し訳ないけど体調があまり良くないから今日はキャンセルさせてほしい」と書かれていた。「ほんとにごめんね」と。
俺は思わずその場に膝から崩れ落ちた。
彼女に会えないことや、わざわざ鶯谷まで2時間半かけて来たことよりも、今の今まで悩みまくっていた自分が滑稽に思えてショックだった。
「気にしないでいいよ。体調良くなるといいね。ゆっくり休んでね」と返信したけれど、既読にならなかった。
きっと本当に体調が悪いのだろう。体調が悪くてスマホなんか見ずに寝ているに違いない。
でも、そうじゃなかったら?
彼女が俺と会いたくないだけだったら?
やれやれ。悪いことばかり考えてしまう。巷に溢れるありふれたラブソングを笑えないくらい俺は悩んでいる。バカみたいだ。
やるせない気持ちを晴らしたくて、鶯谷に住む友達に電話してみたけれど、今日は外出は難しい、とのことだった。そいつも妻子持ちだし、仕方ない。
帰るしかないか、と思い、ホテル街の方を抜けていこうとしたら、「ちょっとお兄さん」と声をかけられた。「遊んでいかない?」
声をかけてきたのは、どっからどう見ても五十路って感じのおばちゃんで、厚い化粧に覆われた顔でにっこり微笑んできた。
鶯谷にも立ちんぼがいるんだなぁ、と思った。そんな年齢になってもこんなクソ寒い中で男を引っ掛けなきゃならないなんて大変だな。
普段の俺ならシカトだけれど、その時は立ち止まってしまった。
「遊ぶって何して?」と分かりきったことを聞いてみる。
「ホテルでエッチなこと」と女は言って俺の腕に絡みついてきた。
「おたく、エッチなことをしそうな雰囲気、全然無いよ」と俺が言うと、女は「ベッドでは変わるんだよ。私、元AV女優だもん」と言った。
はいはい、元AV女優ね。素人は騙せても俺は騙せないよ。どうせ熟女ナンパ系のオムニバスか何かに出演しただけなんだろ?
俺の疑わしい視線に気付いたのか、女は「ほんとだよ」と言ってカバンからDVDのパッケージを取り出した。
「ほら、これ」と言って見せてくる。
そんなもん持ち歩くなよ、と思いながらパッケージを見ると、とある熟女系の大手メーカーで、単体女優だった。若干トシを食っているけれど、間違いなく目の前の女だった。
「ね?元AV女優のテクはすごいよ?遊んでいこうよ」
俺の財布には保険会社から借りた現金が入っている。厚生年金と健康保険料を払うお金だ。
でも、それが何だ?
金なんか無くなったら死ねばいいじゃないか。悩みに悩んだ約束をすっぽかされて、元AV女優だと豪語して自分の出演作品のDVDを持ち歩くおばちゃんに声をかけられて、俺の人生なんてそんな程度の取るに足らないものじゃん。
「いくら?」と俺が訊くと、女は「15000円」と言った。こんなおばちゃんに15000円?ふざけてんのか。
しかし、気が付いたらふたりでホテルに入っていた。
部屋に入るなり、女は俺のワークパンツのベルトに手をかけた。
「若い男の子のおちんちんなんて久しぶり」と言ってポコチンに頬擦りしてくる。
「今年で39歳だから別に若くないよ」と俺が言うと、女は「普段はおじいちゃんとかもっとくたびれたおじさんの相手してるんだから、じゅうぶん若いよ」と笑った。
結局、俺はその女と寝た。まぁ、俺は目を閉じて横になっていただけだけれど。しかも、ナマでセックスしてしまった。
「お兄さん、病気とか無いよね?」と言って女が俺の上にまたがってそのままナマで挿入してきてしまったのだ。俺は、もうどうにでもなれ、という気持ちだった。梅毒になったらどこの病院に行こうかな、と考えていた。そういえば学生時代に友達が町田の立ちんぼと寝て性病もらってたなぁ、とか。
セックスが終わると、女が「どう?良かったでしょ」と言って首に腕を絡めてきた。
どこがだ。全然良くない。元AV女優だとかテクだあるだとか、自分でハードルを上げすぎてる。自慢できるほど気持ち良いわけではないぞ。なかなかイカなかったのがその証拠だ。普段の俺は早漏だぞ。
なんて言えないので、「そうだね」と答えた。
セックスよりも、女がAVに出演していた頃の話が面白かった。
女はスカウトされてAVに出演したらしいのだけれど、作品一本のギャラは10万円。ギャラが安いわりに拘束時間が長く、6、7時間はスタジオでカンヅメにされるらしい。
「お弁当だけが楽しみだったね」と女は笑った。
作中のセックスはすべて擬似で、挿入はしていないらしい。ザーメンはバナナミルクで、顔射されても甘くて美味しい、とのこと。
「本番やってるメーカーもあるけど、うちは全部素股だったよ」と女は言う。だから単体なのにギャラが安いんじゃないか、と思ったけれど、黙っていた。
女は宝石商で、自分の店を持っているのだけれど、コロナの影響でバイヤーとやり取りが出来なくなり、店を休業しなければならなくなったらしい。そこで、再びAVに出演しようと思ったけれど、うまくいかず、こうして立ちんぼで日銭を稼いでいるらしい。
ひと晩で3人も客を取れれば御の字、と女は言った。
「体力的にきつくない?他の仕事した方がいいんじゃないの」と俺が言うと、女は初めて笑顔を引っ込め、「どこも雇ってくれないからね」と言った。すぐに笑顔を戻し、「まぁ、私、エッチ好きだし」と言った。
こういうのも貧困ってやつなのか、と思って何とも言えない気持ちになった。この女は一体何歳になるまで男と寝て金を稼ぐのだろう。
ホテルを出ると、「お兄さん、ありがとう。楽しかったよ。また遊んでね」と女は言い、LINEの連絡先を交換した。
こうやって何とかして固定客を作りたいんだろうな、と思った。
女と別れ、数歩ホテル街を歩いたところで、今度は外国人の女に声をかけられた。
〈つづく〉