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昭和20、30年代の銀座の夜はGHq相手のキヤバレーが主流で日本人クラブ少なく中国人と川邊るみのエスポワールがなかったら銀座の夜も雑多ネオン街になっていたろうと、、店の客の顔は葉巻くわえブランデーの吉田茂、池田、宮沢、財界の水野重雄、今里広雄、文士は吉川英治、小林秀雄画家の東御青児が入れ代わり立ち代わり来たと、、飛行機で通う京都の「おそめ」上羽秀ママと川邊るみ子ママと白州次郎の恋を川口松太郎が「夜の蝶」小説にする。二人の心理模写できた二人と肉体関係あったのでわと、、、、、吉行淳之介近藤啓太郎は若いホステスのストレス解済扱いで学割りだったとか、、、。