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滋賀解放同盟お弁当の猫きのこkairuです🐾

 

ほぼ、同時期に二つの映画を録画して観ました。

 

【えんとつ町のプペル】【わたしを離さないで】

 

まずは、えんとつ町のプペル

 

 
 4,000メートルの崖に囲まれ、年中煙に覆われた「えんとつ町」。住民は青い空も輝く星も知りません。
 
 ハロウィンの夜、ゴミから生まれた「ゴミ人間」のプペルと、煙突掃除屋の少年ルビッチが出会います。
 
ルビッチは、亡き父から聞いた「煙の向こうには星がある」という言葉を信じていました。周囲から嘘つきだと笑われながらも、彼はプペルと共に星を探す決意をします。
 
二人は様々な困難を乗り越え、ついに煙を突き抜けて空の上へ。そこには父の言った通り、まばゆい星空が広がっていました。

 

 

ここで、また爆弾を落としておきますと・・・

 

当たり前ですが、私には好きなタイプの人と嫌いなタイプの人がいます。

 

人になんと言われようが全く気にしない人と

 

 

承認欲求が強くて人からの評価を気にして周りに気を使わせる人。

 

 

この承認欲求が強い人は周りがずっと、「あなたの事スゴいって思っていますよ。尊敬していますよ。」と言う扱いをしないとひねくれそうなので、周囲が必死でご機嫌取りをしているのを見るとこっちまで疲れてしまうのです。

 

ついでにご機嫌取りしている側も嫌いになるから始末が悪い。

 

ファンの人はそうやって周りが勝手に気を遣うのは選ばし大物だからこそだと言う風に解釈するのでしょうし、事実そうなのかも知れませんが、私は嫌でも周囲に感情移入してしまってクタクタになってしまうので、出来る限り見たくない。
 
お話は戻りますが、西野亮廣は皆からめちゃくちゃ嫌われていた頃から好きでした。

敵味方ではなく、同調圧力に屈っせずに自分がどう考えるかを大事にする人は嫌われるものです。

彼は相手が自分と同じ答えを出すことを求めてない。

同じになろうと要求しない所が帰属意識の強い人には癪に障るのだと思います。
 
とにかく頭が良くて人と全然違う角度から物事を見ている人。
 
まずは私が西野を好きだと言う前提でお読み下さい。
 
でも、えんとつ町のプペルはだからこそ、これ、理屈っぽいあざとい映画じゃないかなと疑っていました。
 

続編『映画 えんとつ町のプペル 〜約束の時計台〜』2026年3月27日(金)に公開予定なので

 

 

 

 

新作の前にまずは本編を見て貰わないと次に繋がらないと言う戦略か、テレビでやっていたので見ました。

 

ハルさんは絵が綺麗だと言っていました。

 

私は絵に関しては西野亮廣絵本作家でもあるので手描き感を大事にしたかったのかなと思いましたが、本当はもっとCGを駆使して、遠近感を出して、煙突の高さを感じたかったです。

 

夜の工業地帯萌えみたいな幻想的な感じを期待していたのでちょっと残念でした。

 

それから、ハイドハロウィンパーティが挿入歌だったので、期待していたらテレビ放映の時間の都合もあったのか、それとも上映された時も元々だったのか分りませんが、一瞬だったのでがっかりしました。

 

 

そして、こども向けの内容なので、想像通り過ぎて全く面白くありませんでした。

 

鬼滅の刃で言えば、炭治郎がお決まりのもう駄目だと言うところから何度も何度も立ち上がり、またか~と思いながらも涙が出るほど感動してしまうと言う見せ場が毎度上手すぎるのと比べて


えんとつ町のプペルは肝心のクライマックスで、なぜか絵本のような語りが入る。

 

本来はルビッチに感情移入して、一緒に必死で頑張りたいところを、え?いったい誰に感情移入して見るの??と右往左往しているうちに終ってしまう。

 

不完全燃焼に終ってしまって、演出もだいぶ、イマイチでした。

 

目の前にあるものが本当とは限らないと言う事と、信じて夢見たら報われると言うお話。  

 

こどもに見せるには良いかもしれませんが、こどもだからこそ残酷でも現実を見せるべきだと言う考えのアタシとは合わない。

 

それとほぼ同時に見たのが映画わたしを離さないで

 

 
これドラマでやっていて、あまりに暗すぎて贅沢なキャストだったのに、視聴率がどん底だったのを覚えています。
 

 
だけど、幻想的で広がりがあり、閉鎖された空間の中で必死で生きる彼らに不思議な感銘を受けました。
 
原作があり、映画化されていたのを知り、いつか見ようと思って待っていたのです。
 

『わたしを離さないで』(わたしをはなさないで、原題:Never Let Me Go)は、2005年発表のカズオ・イシグロによる長編小説で、同年のブッカー賞最終候補作。

日本語版は2006年4月に、土屋政雄の翻訳で早川書房から単行本が刊行され、2008年8月にハヤカワ文庫版が発刊された。

2010年にマーク・ロマネク監督により映画化された。

日本では2014年に蜷川幸雄演出、多部未華子主演により舞台化され、2016年には綾瀬はるか主演によりTBSテレビでテレビドラマ化された。

 

 

ネタばれありのあらすじです。 



臓器提供を目的として育てられたクローンのこども達の話。

 

成人してから随時1回~3回で提供を終え、人生を終える運命です。

 

そんな中、本当に愛し合うカップル二人が申請すれば4年の猶予を貰えて、その間二人で愛を育む事を許されると言う噂を聞いて、友達の嫉妬とかの色々な障害を乗り越えて、やっと結ばれたキャシーとトミーが猶予の申請に行くが、そんなものは実際にはありませんでした。

 

淡々と臓器提供を終えてトミーが旅立ち、それを見守ったキャシーも提供の通知が来て終ります。

 

海岸を飛び回るカモメや海。

 

 

建築物も美しく、普通に生きる人々と全く同じなのに、彼らとの間には透明な壁が立ちはだかっているのが見ている側にも伝わります。

 

これに美しい音楽が流れていれば完璧だったのに。

 

そう言えば昔の映画には美しい曲がつきものだった。

 

あれが相乗効果を生んで、幾重にも世界が広がり、余韻がずっと残っていたものでした。

 

いつから映画から音楽がなくなったのでしょう?

 

 

それはさておき、前にドラマを見た時は、美しさと悲しみに心打たれましたが、中国に侵略されて日本を乗っ取られて、チベットウィグルのように収容所に入れられて、臓器を盗られるかも知れないと言う恐怖が潜在意識下にある今、前よりも強く迫って来るものがありました。

 

抗う事の出来ない運命だからこそ、たった4年の猶予が宝石のように思え、普通の生活がどれほど尊いかを思い起こさせます。

 

信じ続ける勇気と絶望の中の抗えない命の美しさ。

 

臓器提供者と人間の境界線。

 

信じ抜いて星を見つけたルビッチと信じたのに運命には抗えなかったキャシー

 

どちらかと言うと、私に勇気をくれたのは、結果は出せずとも、誰かが決めたがんじがらめのルールの中でも、必死で生きる事の尊さを教えてくれたわたしを離さないでキャシーの方でした。

 

 

 

 ⬛今日のにゃんこ

 

 

さあ、ミルさん。
 

 
歯磨きと
 

 

お薬の時間です。

 

がんばれー😭